2006年11月21日火曜日

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やあ皆さん、私の研究室にようこそ

 


去る 11 月 16 日、俳優の仲谷昇さんが亡くなりました(享年 77 歳)。

それにしても……。「訃報:カノッサ教授・仲谷昇さん死去」ってのはどうなのよ。:-) カノッサ教授って。そりゃま、確かに、私も「カノッサの屈辱」で仲谷昇に触れたクチですので、否定はできませんけど……。

まぁ、思い起こせば、あの頃私も若かったわけで(つーかもう 16 年前、ということは、いまどきの中学生がこの世に生を受ける前なんですよね。あな恐ろしや)、毎週神妙な面持ちで服部克久の「夕陽」を聞きながら、牧原(←お、一発変換。すごいぞ ATOK)俊幸アナの抑揚の押さえたナレーションを聞き、大爆笑していたものでした。ちなみに私が好きだったネタは「百済ンス、新羅ンコム、高句麗ニーク」の「大陸系化粧品」です。何と言っても「高句麗ニーク」に勝る迫力を持つネタは無いでしょう!

そういえば、「われ思う、ゆえにあるあるある」というのもあったな。クイズ・タイムショックを元ネタにした「回答者は流転する」ってのもなんか笑えたし。ナガオカのレコード針の繁栄を示した「長岡京」ってのも笑えた(笑)。「山上憶良けい」(小椋佳)ってのもあったなぁ。どれも単なるダジャレにすぎないんだけど、シュールな?フェイク・イラストレーションがどれも妙にマッチしていて、笑ったなぁ。

さて、流暢な横浜風標準語を話すとちまたで評判の私ですが、実のところは生粋の関西人でして、当然、フジテレビの深夜枠で放送されていた「カノッサの屈辱」などは、オンタイムで見ることはできていませんでした。幸いなことに「KBS 京都」という独立系ローカル局がほどなくオンエアを開始してくれたので、それで見ることができたのですが……。ちなみに、同じ流れでフジテレビの深夜枠で放送されていた番組がその後もいくつかオンエアされたのですが、同じ牧原アナが自ら出演までした「5年後」も、割と好きでした。

「5年後」:1992~93 年頃の番組で、5年後の 1998 年の視点で 1993~97 年を予想する(1998 年の視点なので、「5年前」という題名の架空の番組内で「1993~97 年を振り返る」とする)番組。「1993 年はバブル経済が崩壊し、もつ鍋屋以外の全ての産業が冷え切っていた」というのが決まり文句。

んで、服部克久の「夕陽」は、わざわざ「音楽畑5」の CD をレンタルしてまで聞いたものですが(笑)、最近偶然、この「5年後」のテーマ曲である「ジュピター」(英国の作曲家・ホルストの組曲「惑星」に含まれる)が含まれる CD を、最近買ってしまいました。いや、あの有名なサビの部分(そもそもクラシックにサビがあるのかは不明ですが)はもちろん知っていたのですが、最初の出足がまさに「5年後」のオープニングそのものだったことをようやく知り、あの緊迫感あふれる曲の出足を聞きながら一人にやにやしたものです。:-) いや、ジュピターはほんといい曲なんですが、どうしても「5年後」の牧原アナの顔が目に浮かんでしまい……。

ということで(?)、今日は仲谷教授に敬意を表して、この名台詞でしめましょう。
「それではまた、来週のこの時間に、この研究室でお待ちしております。」

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