2006年11月30日木曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

さよなら、フレデリック・ニーベリ

 


Blog の傾向と対策

今日も本題に入る前に、昨日の投稿の、傾向と対策をおさらいしておきましょう。

昨日の投稿は、いつになく不自然な時間に行われただけでなく、「まとめ」と題したセクションにて、いきなり「佐々木明」なる謎の人物が登場するという、文章構成自体が極めてめちゃくちゃであったという点に大きな特徴が見られます。これらは明らかにラムサール条約に違反するもので(え?)、市中引き回しの上獄門さらし首に相当する大罪であると見られますが、0:00 に投稿したくともそれができず、しかも本人にとってのみ記念すべきオープン 1 ヶ月記念にもかかわらず、新規投稿がいっさいできなくなるという未曾有にして不測の事態に遭遇し混乱の極みにあった事情を鑑み、罪一等を減じ三日間の社会奉仕が適当であると思われるわけですが、どーですか裁判員の皆さん!

さてー、佐々木明については公式ホームページ(http://www.sasakiakira.net/)があるそうなので、お時間のある時にでも見ておいてください(とかいいながら自分は見てない)。「なまら魂」ってのもイマイチ意味不明ですが、佐々木本人と、大先輩の岡部哲也の間では意味が通じているようなので、放っておきましょう。

え、傾向はわかったけど対策はって? このコーナーが前日の書き損じに対する対策そのものですが、何か?

フレデリック・ニーベリ骨折!

というわけで今日のネタです。約 20 日以上暖めたネタで、すっかりできあがってしまっていますが……。

FIS Alpine Ski World Cup においてぶっちぎりの最年長選手となるはずだった、スウェーデンのフレデリック・ニーベリ (Fredrik Nyberg) が、なんとスーパー大回転のトレーニング中に転倒、靱帯を損傷してしまい、今シーズンの出場が不可能になってしまいました。ニーベリはなんと 1969 年生まれの 37 歳、来年の 2 月に地元スウェーデンはオーレで行われる世界選手権を花道に引退するつもりだったようですが、とっても残念です……。

ニーベリの年齢まで現役を続けることがいかに偉大かと言うことは、ソルトレーク五輪の金メダリスト、ジャン=ピエール・ヴィダルもう引退してしまったことを引き合いに出すと、良くわかります。ヴィダルは 1977 年生まれ、つまりは中田英寿と同い年です……。

あ、Hubertus Von Hohenlohe という偉大な王子様もいますが、彼は別格なのでパスします(1959 年生まれ)。

なお、結局、世界選手権出場という目標が断たれたニーベリは、引退を発表したそうです。おつかれさまでした!!!

フレデリック・ニーベリとわたくし

さてさて、ニーベリにどんな思い入れがあるんだという話なんですが、私が始めて FIS World Cup Ski を見たのが確か 1992 年のこと、当時はアルベルト・トンバという大スターが全盛期の後半にさしかかっていた頃でした。時としてそのトンバを追い詰める活躍すら見せていた岡部哲也も、全盛期は過ぎていたものの現役でやっていましたし、トリノオリンピックでは解説ブースに座っていた木村公宣に至っては、「期待の若手」扱いでした。

アルベルト・トンバがどの程度グレートだったかと言うと、実のところは今ひとつわからないのですが(をい)、多分、インゲマル・ステンマルクの次くらいには偉大だったんじゃないかと思ってます。ジャン=クロード・キリーやフランツ・クラマーとは比べたことがないので良くわかりません。ボーヤン・クリジャイ(Bojan Krizaj)よりは間違いなく偉大でしょう。

ヤニツァ・コステリッチと比べると……どうなんだろ。

当時の情勢

当時は、今をときめく(?)ボーディ・ミラーやヘルマン・マイヤーなどがいるわけもなく、フィン=クリスチャン・ヤーゲオーレ=クリスチャン・フルセトといったノルウェーの「リレハンメル組」や、パウル・アッコーラマーク・ジラルデリのような古き良きオールラウンダーが闊歩していた時代でした。そして、ニーベリはその頃からずーっと現役を続けていたわけで、その彼がいなくなるというのは、やっぱりちょっと寂しさを感じます。

そういえば、数年前にミヒャエル・フォン=グルニーゲンが引退したときも、同じような寂しさを感じたものです。フォン=グルニーゲンも、1992 年のころからずーっと現役でしたからね。長身でひげ面の風貌は、ニーベリよりも印象に残るものでした。勝てる力を残した状態で引退するという、その滑りと同じように、スマートにピステを去っていきました。

さて、生き残ったのは誰だ?

これで、1992-93 シーズンからの生き残りが全滅……かと思いきや、まだもう一人いました。シェティル=アンドレ・オーモットという御仁が! 相方の「喘息持ちの天才」ラッセ・シュースおじさんが引退してしまった今、もしかすると「リレハンメル組」の唯一の生き残りのような気もしますが、しぶとく頑張って欲しいものです……。

はたらくおじさん(サッカー編)

終わりと見せかけてまだ続くのですが、サッカーのフィンランド代表で、ヤリ・リトマネンが頑張っているそうですね。リトマネンとオーモットは同い年とのこと。お国も同じ北欧同士(間にスウェーデンが横たわってるけど)、こちらも頑張って欲しいですねぇー。

フィンランドのはたらくおじさん(モータースポーツ編)

ちなみに、フィンランドの国民的スポーツ?であるラリーの世界では、フォードのマーカス・グロンホルムが頑張ってますが、グロンホルムは 1968 年生まれミカ・ハッキネンと同い年だったりしますが、平均年齢がそこそこ高めのラリーの世界では、もう少しは行けそうですね。

フィンランドのはたらくおじさん(業界編)

フィンランド発の有名人といえば、業界では(どの業界?)リーナス・トーバルズの名前も外せませんが、意外や意外、1969 年生まれでリトマネンより年上だったことが判明しました。いやー、意外意外(しつこい

それでは、いつも通り全然まとまっていませんが、この辺で!

次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク