2006年12月20日水曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

「痴呆症」でええじゃないか!?

 


帰ってきました

はい、皆様のおかげをもちまして、昨日のセッションは重大な問題が発生することもなく、無事スウィートなテナーヴォイス(←こらこらこらこら)を皆様にお聞かせすることができました。ではなく、無理矢理お耳に入れました。いかがでしたでしょうか。って、誰もこの Blog は見てないと思いますが。

心配された(って、自分がひとりで心配していただけですけどね)咽の調子も、週末、必死に(?)静養した甲斐もあって、ほぼ問題ない状態まで復活することができました。結局、歌手の小金沢くんは見つかりませんでしたが……(当たり前です

昨日のセッションで一番心残りだったのが、持ち時間 75 分のところを 83 分使ってしまったことです。アンカーだから気が抜けていたのか、ちょっと悠然としゃべりすぎたのかもしれませんね。次からは気をつけます。次があるかどうかは予断を許しませんが

ついさっき、録画していた 12/8Oha!4 News Live を見終わったところなのですが(録画ためすぎ)、ベネズエラ大統領選挙があったり、チリのピノチェト元大統領が死んだりと、今月に入ってから中南米が熱いですね。なんだか思わせぶりな文章ですが、今日の本題とは全く関係ありませんので念のため。

いずれ、話題にできればいいと思いますが、そこまでの知識を持ち合わせていないので。

前回の傾向と対策

前回は、酔いに任せて突拍子もない内容を書いてしまいましたので、後始末が大変そうです。それでは、よろしくお願いします。

それではお伝えします。

まず、「古田武彦」についてですが、いつもながら Wikipedia の記事が良くまとまっていますので、一読をお薦めします。古田の史観を端的に記せば、大和朝廷以外の政権が日本各地にあったとする考え方で、玉石混淆の資料から「自説に都合の良い内容」をとにかく列挙する形の論調が特徴的です。

古田史観は全国各地の「村おこし」にも応用できる内容で、また、非常にセンセーショナルであることから、一部でカルト的な人気を誇りました。代表作として「邪馬台国はなかった」がありますが、古田の宿敵・安本美典の「邪馬一国はなかった」と併せて読むとワクワクドキドキ楽しさ倍増です。惜しむらくは、「邪馬一国はなかった」が現在入手困難なところでしょうか。

次は、「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」ですが、これは Wikipedia の記事にもあるように、偽書であることが徹底的に論証されています。ところが、「東日流外三郡誌(別名:和田家文書)」の内容が自説の補強に有効であると考えた古田は、徹底的にこれを持ち上げ、偽書疑惑が喧伝されだした際にも徹底抗戦を行いました。結果としては、古田は偽書を掴まされたとも言えるわけですが、「史書の真贋を判別する能力を持たない」ことを白日の下にさらしてしまい、一時は結構な数を数えた「古田信者」が蜘蛛の子を散らすように去っていった、といったことがありました。

コロポックル」についても、リンク先を参照ください。実際、私も「コロポックル」という単語は知っていても、それ以上の予備知識はまったくありませんので……。

以上、傾向と対策のコーナーでした☆

ありがとうございました。続けて今日の本題です♪

本日は手抜きでお送りします (え?

さて、今日のネタですが、長旅で少々お疲れということと、気管支に痰が絡まってしんどいという、まことに個人的な理由で、めちゃくちゃあっさりと済ませてしまいましょう(「カラ咳」か「咳払い」をしないと気持ち悪くて。ほんのちょっぴり腹筋が鍛えられるかも知れないけれど)。

と思ったのですが、それなりに長くなっちゃいましたね。果たして喜んでいいのやら。

「言葉」の品格

ただでさえ品位に欠けている当 Blog ですが、最近は罵倒語差別語のオンパレードで、PTA の奥様方も眉をひそめてらっしゃるのではないかと心配しています、というのは真っ赤なウソです。ただ、「言葉狩り」される単語が、年々増えていることについては、正直「どうもな~」と思ってしまいます。

「障害者」の行く末

「言葉狩り」というのは、井沢元彦が大好きな「言霊」「言挙げ」の考え方から言えば、十分意味のある考え方ではあるのですが、普通は「ナンセンスじゃねぇの?」と思ってしまいます。耳の聞こえない人を「つん○」と言わずに「聴覚障害者」としたのは、もしかしたら「子供がはやし立てる」のを防ぐという意味では有効だったかもしれません。ただ、その後、「障害者」という言葉の「障害」という文字が「障害者に対して失礼にあたる」となり、「障碍」と置き換えられたりしていますね。

そのうち、「障碍者」の「障」の字は「さしさわり」があるので失礼に当たる、などと言って「耳の不自由な人」になり、「不自由」という言葉は「自由を否定するものだ」などと訳のわからない理屈が繰り出されてしまうのではないかと、さりげなく心配してしまいます。

「痴呆症」でええじゃないか!?

アルツハイマーを患っている人のこともそうですね。病気とはいえ、思考能力や記憶力が大幅に損なわれるわけなので、「痴呆症」でいいじゃないですか。「認知症」という言い換えには、未だに違和感があるのです。そのうち、「認知科学」や「認知心理学」といった学問の名前が、「認知症の人に失礼にあたる」などと言われて言葉狩りされてしまったら、目も当てられません。

「言葉」は差別しないのに

昨日、少々酔い加減の頭で考えていたのですが、「言葉」が差別するわけじゃ無いんですよね。「言葉」の使い手が、差別的な意図を持って使用した場合に、その言葉に差別的な意味合いが与えられるだけなのですから、「言葉」に罪は無いと思うのです。遁辞であることは百も承知なんですが、こういったくだらない言葉遊びの結果、幾多の文芸作品がお蔵入りになったり、目も当てられない修正を余儀なくされたりするのは、悲しいことです。確かに、言葉は生き物なので、仕方ないのですけどね。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事