2006年12月21日木曜日

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死者を鞭打て

 


エキシビションで浅田真央が出てきたときに、「あ、Filippa Giordano(の "Habanera")」という感心の仕方をして、相方に「それは(フィギュアスケートの)楽しみ方として間違っている」と言われた Bojan です。こんばんは。

気管支ぜんそくとわたくし

まずは個人的な話題からです。昨日、「気管支に痰が絡まってしんどい」と書きましたが、案の定、夜中に咳が止まらなくなる悲劇に見舞われました(泣)。もともと、アレルギー性の気管支ぜんそく持ちだったことが数年前に明らかになった身なんですが、あれはやっぱ、軽度の発作だったんですかね。冬に向けて「加湿器」や「やや高濃度酸素発生器」なんかを整えて、万全の準備はしているつもりですが、なかなか大変です。病院に行って抗生物質を処方して貰えば一発だ、という噂もあるにはあるのですが……。

福知山線脱線事故について考える

さて、2005 年 4 月 26 日に発生した「福知山線脱線事故」について、いわゆる「自己中」じゃなくて「事故調」のレポートが出たらしいですね(←ちゃんと読んでないらしい)。まぁ、問題の区間をたま~に利用していた人間としては、何とも「信じられない」という思いに駆られる事故だったわけですが……。

この先、特定の法人特定の個人を非難する論調がありますが、事故の重大性に鑑み、ご容赦いただければと思います。書き手の率直な意志として、汲み取ってくだされば幸いです。

事故当日のわたくし

事故が起こった当日は、会社でのほほんとしていた記憶があります。事故が発生してほどなく経った時点で、誰だったか、「うっわ~、エグいことになっとんで」というのが、私が事故を知った第一声だったと記憶しています。当然、そんな大事故が起きているとはつゆ知らず、とりあえず MSN や Yahoo! などを手当たり次第に確認したのを覚えています。

さて、その後、のほほんと仕事をしながら裏でニュースサイトのチェックをしていたのですが、Reload する度に死者の数がカウントアップ(最初の発表では 40 人前後だったような)するのを見て、さすがに私も「これはただごとでは無い」との印象を持ちました。当然(?)事故の原因が何よりも気になるわけですが、現場の急カーブをそれなりに知っている身としては、脱線位置を確認すると同時に「これはオーバースピードに違いない」と、当日の昼休みの時点で同僚に話していた記憶があります。

もちろん、そのタイミングで「オーバースピード」と断定できるだけの証拠は無かったわけですが、事前に「オーバーラン」していた、という情報が、すでにその時点で流れていた記憶があります。私は、その情報を傍証に「オーバースピードだった」と断定したわけです。結果的には、私のこの推論は、ほぼ正確だったと考えられます。

おい、○○につける薬はドコだ?

ところが、お昼過ぎあたりから、JR 西日本による現場検証で浮上した情報として、「レールにバラスト(敷石)の裁断痕がある」などとして、「置き石ではないか?」という、いかにも非合理的な推論が流れ始めたのは皆様ご記憶だと思います。誰の仕業かわかりませんが、何ともバカな推論をしたものです。

犯人捜し

さてさて、この事故では、結果として 100 名以上の方が亡くなるという、「電車事故」としては近年まれに見る規模の惨事となってしまったわけですが、その後の「犯人捜し」については、どうしてもひとこと言っておきたいことがあるのです。事故後の論調として、JR 西日本の「スピード重視、人命軽視」的な考え方や、過密ダイヤ、ミスをした運転手への懲罰的な研修などが、盛んに非難の的とされました。ほかにも、事故現場にいたにもかかわらず救助活動に参加しなかった JR 西日本の社員がいたとか、事故当日にボウリング大会に興じていたとか、ホントに色んなことが取りざたされたわけですが……。

確かに、事故後の JR 西日本の対応は、東横インなんかと同類の、極めて稚拙なものだったことは間違いないでしょう。また、社員や関係者の「当事者意識」も、同様に極めてお粗末だったと言えます。しかし、だからと言って、事故の原因をそこに求めるのはお門違いでしょう。

事故が発生した「JR 宝塚線」こと「福知山線」は、今では JR 西日本有数の「通勤路線」ですが、実のところ、20 年近く前までは「田舎のローカル線」でした(今となっては信じられないですが……)。そのせいもあってか、過密ダイヤの割には、ATS-P などの「最新の列車制御装置」が無かったということもありました。では、そこに事故の原因を求めてもいいのか?

私個人の考え方では、それも「否!」です。

西明石駅脱線事故の記憶

近畿圏での列車の脱線事故としては、私の記憶にあるものでは、20 年近く前(もっと前?)に、国鉄だか JR だかの西明石駅で、寝台特急が脱線した、ということがありました。この事故の原因が、最終的にどう落ち着いたかは記憶に無いのですが、直接的な原因は、ポイントで分岐するにもかかわらず、減速せずに突っ込んだ、ということだったと記憶しています。

これだけ見ると、「なんだ、尼崎の事故と同じじゃん!」と思われてしまうかも知れないのですが、寝台特急の運転手には擁護すべき点 *も* ありました。それは、通常のダイヤでは、寝台特急が西明石駅でポイント分岐することは無かった、ということです。

その日はたまたま線路のメンテナンスか何かで、通常とは違う線路に誘導されることになっていたのを運転手が失念して、減速しなかった、というのが真相だったと記憶しています。もちろん、ATS などの「列車制御装置」が適切に作動していれば防げたのかもしれませんが、その点は、人間工学とも関わる部分なので、本稿では省略しましょう。

西明石駅脱線事故との決定的な相違点

一方、昨年の福知山線の事故は、100 回走れば 100 回減速する箇所に、自分のミスをカバーしたいがためにオーバースピードで突っ込んでいったわけです。しかも、数百人の乗客を乗せて、です。これを「バカ」と言わずに、他に何と言いましょう。

日本人の礼儀として、「死者を鞭打つ」ことは大変に礼を欠いたことで、忌むべき事とされています。しかし、それとこれとは話は別でしょう。件の運転手は、以前にもオーバーランの前科があったと言われます。次にオーバーランを繰り返したならば、運転手としての自らの将来への、消すことの出来ない汚点となる可能性もあったでしょう。

しかし、それが何だと言うのですか。それだけ短期間にミスを繰り返したということは、もともと適性が無かったのでは無いですか? そんな運転手が一人表舞台から去っていったところで、いったいどんな影響があったと言うのでしょう。少なくとも、そんな運転手が百余の無辜の命を道連れにする理由は、どこを探しても存在しないでしょう。こんな大事故を起こす前に、自ら身を引いてくれていたならば、どれだけの人が救われたのだろうかと考えると、暗澹たる気持ちになってしまいます。

おわりに

事故直後に散見された、「キレやすい」「ゲーム脳」といった切り口での記事を、すっかり目にすることが少なくなった印象があります。トリガーを引いた当事者とはいえ、亡くなった人のことを云々するというのは、日本人のメンタリティー的には「やりたくないこと」かもしれません。しかしながら、人のあやまちを他山の石とするには、こういった、個人(故人)を裁く視点からも、徹底的に調査を行うべきだと思うのです。

極端な話、「あいつはとことんダメだった」という結論でもいいと思うのです。むしろ、そういった結論が出た方が安心できる、とも言えます。今回の「事故調」の結論がどんな内容だかはちゃんと読んでいませんが(←をい!)、将来的に有用な内容であることを祈るばかりです。

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