2006年12月22日金曜日

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ふと気弱になってみると、見えなかったものが見えてくる

 


はじめに

昨日の内容は、さすがにほんのちょっとだけ Publish に勇気が必要でした。まぁ、「日本人的な価値観」からすると、ずいぶんとえげつない内容だったんじゃないかという自覚はあったので、題名もそれっぽいものにして、少し PV を控えめにしようという、根拠のない努力をしてみたつもりです。結果はどうやら、普段と変わらぬ数の PV を頂いたような雰囲気ですが……。

ただ、題名の付け方によって、0:00~2:00(つまりは、Publish 直後)の PV の伸び方が明らかに違うことは、最近ちょっとわかってきました。やっぱり、わかりやすくて魅力的な題名にするのが、一見(いちげん)さんの PV を増やすには有効みたいです。

それでは、まずはいつものこのコーナーから。

前回の傾向と対策

それではお伝えします。

まず、題名の「死者を鞭打て」ですが、これは鮎川哲也の小説の題名から来ています。「鮎川哲也」という推理小説家が、自らにかけられた盗作の嫌疑を晴らすために東奔西走するという、メタ・ミステリーだったと記憶しています。「本格推理の鬼」を自認する鮎川にとっては珍しく、同業者と自分をネタにしたパロディチックな作風でした。

つぎに、「やや高濃度酸素発生器」についてですが、これは Panasonic の「MS-X2」という製品のことです。普通の空気には酸素が 21% 程度含まれていますが、これを濃縮して、30% 程度の濃度の空気がチューブから出てくるという製品です。「酸素濃度がたった 9 ポイント増えたところでどうなる?」という、もっともな指摘もあり、その効能は微妙かも知れません。

西明石駅脱線事故」は、いつもの Wikipedia によりますと、1984 年 10 月 19 日に発生したとのことでした。ですので、まだ国鉄時代ですね。当時、私はおりこうさんの小学校六年生でした。「下調べ無しの完全スクラッチで書いた割にはだいたい合っていて上出来」との、著者(誰?)のコメントも入っています。

以上、傾向と対策のコーナーでした☆

ありがとうございました。続けて、今日の本題です。

前回までのあらすじ(じゃないだろ

さて、そんなこんなで、私は東京にやってきたのであった銀さん風)。

ま、東京だし、自分の会社の本社だし、目新しい点は殆ど無いですけど、今日泊まっているホテルは今年の 5/2 にオープンしたばかりとかで、なかなか綺麗で、結構豪華で、素晴らしいです。

ふと気弱になってみる

さて、野茂……じゃなくてノロウィルスが大流行したりで、今月に入ってからも体調を崩す人が後を絶ちませんが、かくいう私も持病の気管支ぜんそくがぶり返し気味なのは、ここ数日しつこい位書いているので、ごく少数の奇特なリピーターの皆様も「もういいよ」と思われているのではないでしょうか。

もちろん、私自身も「もういいよ」というか、より正確には「もう勘弁してよ」という気持ちにすらなりつつあります。ぜんそくはひたすら咳き込むだけなので微妙ですが、その少し前にをやった時とか、さらにその少し前に風邪と思しき症状で静養した時なんかは、いろいろと考えることがありました。

端的には、自分の身体(呼吸器)の弱さを呪ってみたりもするのですが、こればかりは生来のものでもあり、もうどうしようもないことも事実なんですね。むしろ、ほんのちょっぴり人より呼吸器系が弱いだけで、日常生活をのほほんと送るには何ら差し支えのない肉体を与えてくれた母親に対しては、いくら感謝しても感謝しすぎることは無いのだな、などと言ったことを考えるのです。

うーん、なんかマザコンっぽいですか? 自覚はまったく無いんですけど、もしかするとそうなのかなぁ……。なんか違うと思うんだけどなぁ……(フクザツ)。「死人フェチ」なのは間違いないと思うのですけどね。

出生の秘密を語る(←全然大した話でなし

めちゃくちゃ個人的な話なんですが、私にはこの世に生を受けることの出来なかった兄?が、少なくとも二人はいたと聞かされています(いわゆる「流産」「死産」というヤツです)。私は生まれつき、「年齢の割には落ち着いた子」だったらしいのですが、こんな事情も影響しているのかな、などと真剣に考えていたりします。

「生まれてきてくれてありがとう!」

とある Web サイトで見かけて、良い意味でショックを受けた言葉があります。

ある人の誕生日を祝う時に、「生まれてきてくれてありがとう!」というメッセージを寄せた人がいました。単なる「お誕生日おめでとう!」ならば、"A day in the life" を祝うだけのことで、見方によっては実に薄っぺらく感じられるわけですが、「生まれてきてくれて~」というのは、何年か前に、その人がこの世に生を受けたことを祝っている、ということが端的に伝わるので、実に素晴らしいと思うのです。

この言葉を見た時には、不覚にも、ちょっぴり脳天がしびれましたマジです

めでたい♪めでたい♪

照屋林賢じゃないですけど、この世に生を受けたことがめでたければ、あの世へ旅立つまでの日々も、等しくめでたいと思うのですよ。昨日という一日を無事に過ごせたことも、実にめでたいとすら思えてきます。こんなこと、「健康な日々」には、思い起こすことは無いと思うのですよ。「病気をして初めて健康のありがたみがわかる」などと言いますが、それに近い発想かもしれませんね。

ともあれ、「おめでたい人」と呼ばれたくはありませんが(笑)、心の奥底にでも、そっと、こういった気持ちを持ち続けたいな、などと柄にもないことを考えてみました。

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