2006年12月25日月曜日

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群馬県太田市に近未来の日本の姿を見た!

 


本来は昨日のネタの筈なんですが、昨日はとつぜんサンタネタを書きなさいとの啓示が「ネタの神」からあったものですから、サンタネタで一本行ってみました。ちょっとボリューム感が微妙(ちと短いかと)だったのですが、それなりに楽しんでいただけたならば幸いなのですが……。

ま、Blog なんて、基本的には自己満足に過ぎないわけなので、どうでもいいと言えばどうでもいいのですが(笑)。

それでは、いつものコーナーをお願いします。

前回の傾向と対策

それではお伝えします。

まず、「孫引きは良くないぞ」ですが、「孫引き」とは、物事を引用する際に、原典に当たらず、引用した物を更に二重引用する、ということです。今回の例では、本来は AP 通信にもっとも近いソースに当たるのが、良心的な研究姿勢だと言えます。そもそも素人の Blog に研究姿勢も何もあったものではない、というもっともな指摘もあるわけですが、黙殺します

げげっ。黙殺されちゃいましたか……。それでは、次は本日のメインディッシュです♪

北関東を「視察」してきました

12/22 付の記事にもあります通り、先週は木曜日から東京に居たのですが(いやぁ、色んな方と久々にお会いしたいのも山々なんですが……。そのうち、時間のあるときにでも)、土曜日の 23(祝) に、丸一日かけてあちこちを視察しながら帰ってきました(「観光だろ、という話もありますが

ロクに学問を修了したわけでもないのに、なぜか未だに学問的興味だけは旺盛な私は、今回は「北関東」と「長野」を視察して帰ってきました(まだ視察と言い張るか)。それでは、順を追って行程をレビューしてみましょう。

まずはタクシーで東武浅草駅へ

まず、都内の某ホテルを 9 時前にチェックアウトした私は、その足でタクシーを拾い、東武浅草駅に向かいました。いつもの通り、運転手さんといろいろな話をしまして、「人間ドラマ」のあらすじを、また一つバリエーションに加えることができました。やっぱタクシーに乗るからには、これを忘れちゃいけませんね。

りょうもう 7 号の切符をゲット

さて、9:10 過ぎに東武浅草駅に着いた私は、まずは特急りょうもう 7 号の切符を購入しました。りょうもう 7 号は 9:40 出発ということで、少々時間があったので、一旦駅の外に出て、マクドナルドで遅い朝食を取ったりしました。ちなみにここのマクドマックじゃないよマクドだよ、フランス人風に)、午後 2 時以降はドリンクのおかわりが自由だそうです。

「りょうもう 7 号」は、予定通り 9:40 に東武浅草駅を出発し、隅田川を渡りました。進行方向向かって右側の席だったので、アサヒビールの「巨大なう○こ」が手に取る……ほど近くは無かったけれど、見えました。

浅草に未来はあるか

車内はガラガラだったのですが、北千住に着いたとたん、かなりの人が押し寄せてきました。つまり、浅草はもはやターミナルとしてはそんなに機能していない、ということがこれでわかります(だからどうした)。道理でスペーシアも新宿に乗り入れてしまうわけです。

利根川を越えた先にいたのは

さて、列車は加須や羽生を通り過ぎ、ついに利根川を越えました。ついにやってきましたよ北関東に! プライベートでは、確か 2002 年の東北縦断ツアー以来の訪問となります。あのときは 206 でひたすら走り回っただけで、電車では初めてですね。そうそう、重大なことを書き忘れていましたが、私が東武電車に乗ったのも今回が初めてなのでした。

列車は、発車からちょうど 1 時間後、10:40 に館林につきました。つい最近知ったのですが、館林って群馬県だったのですね。次の足利市が栃木県なだけに、なんだか奇異な感じがしてしまいます。

どの辺が奇異に感じるか、ということを少々詳しくご説明しておきましょうか(え、いらないって?)。生粋の関西人たる私にとっては、府県界は地勢でほぼ決まってしまう、という暗黙の了解のもとに生きています(大げさ)。平野があまり広くない近畿圏では、府県界はおおよそ大河と山脈で決まってしまうのです。例えば、大阪府と奈良県の境は、生駒山の稜線がそのまま府県界となります。

ところが、だだっ広い(失礼!)関八州(←いつの言い方ですか)においては、「利根川」という大河はあっても、肝心の?山脈が間に無いため、県境の線引きが変な形になってしまうわけなんですね。今、MapFan を開きながら書いているんですけど、「矢場川」なんて言う誰も知らないような川が県境になっていたり、挙げ句の果てにはどっかの農道が県境になっていたりするのです。いや~、さすがは日本最大の平野ですね。「鶴舞う形の群馬県」も、ミクロな視点で見てみれば、その形の一翼は、どこぞの農道だったりするのが面白いです。

足利は栃木でしたね

さて、列車は順調に北上を続け、「群馬県」の次に「栃木県」に入ります。足利市駅は田中正造さんで有名な渡良瀬川の南岸にあって、「単線」ながら高架構造となっていました。「ふぅーん、なかなか今風じゃん」と思ったのもつかの間、実は渡良瀬川の河岸段丘を越えるために仕方なく高架構造になっていることに気づいたわけですが。

そうそう、北千住駅を出た頃には、上下線併せて 4 本の線路が存在する「複々線」区間だったのが、館林から先は、ついに上下線あわせて 1 本しか存在しない、「単線」区間になっちゃいました。群馬県に入ったとたん、一気に「ローカル線」っぽい風情がにじみ出てきました。電車そのものは立派な大きさなんですけどね。

群馬県太田市に近未来の日本の姿を見た!

そして、西に方向を変えた「りょうもう 7 号」は、再度群馬県に入り、太田に近づいてきました。中島飛行機……じゃなくてスバルの工場らしきものがいっぱいあって、おおー、なんかすげぇなぁと言う意味のない感心をしている間に、列車は太田駅に到着しました。この太田駅、なんかめちゃくちゃ立派です。「単線」の路線の駅だとは、とても想像できません。おそらく、最近高架化が完了したのだと思うのですが、それはもう立派ですよ! 雰囲気としては、南海電車の泉佐野駅を、一回り立派にした感じです(誰もわからないって

太田と言えばスバル、スバルと言えば谷村新司……ではなく世界に冠たる日本の自動車メーカーの一つなわけですが、ホンダの城下町たる三重県鈴鹿市と同じく、外国人労働者が多いみたいですね。ついこの間、鈴鹿市が抱える様々な問題についての番組を見た(録画しておいたものを、だけど)直後だけに、日本における出生率の低下と人口減少社会を今後いかに乗り切るか、また、第二次産業の貴重な労働力として今やその存在を抜きにして日本の産業の国際競争力を語れなくなった日系人を始めとするいわゆる外国籍労働者の現状と今後……を一切鑑みることなく列車はそのまま発車してしまいました。あ、でも、ブラジル系のお兄さんの姿はあったかな。

はい、今日はここまで

はい、書き始めて約 50 分ほどですが、皆さんそろそろ嫌になってきたと思いますので、今日はこの辺でお開きにしましょう。

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