2007年3月25日日曜日

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ニュルブルクリンクに燃える

 


お彼岸はちと過ぎましたが

今日は、延び延びになっていましたが、墓参りに行く予定です。だから…… 何なんでしょうね(こら

今日は GAORA で IRL 開幕戦の中継があります

さて、ころっと話題を変えまして。最近いろいろーと滞っているのですが、とりあえず F1 も開幕したってことで、F1 LEGENDS をせこせこ DVD に焼く作業を再開しました(見たいのはやまやまなんですが、時間が……

などと言いながら、PlayStation 2 のコントローラを握る時間が、最近意外と多いです(こらこら)。何をやってるかと言えば、何を今更の Gran Turismo 4(普及版)なんですが……。いやぁ、このシリーズを買ったのは初めてなんですが、ハマッちゃいました……(笑)。

RPG で最も重要なもの。それは金稼ぎ!(ぉぃ

Gran Turismo 4 というゲームの最終目的が何なのか、未だに良くわかっていませんが(笑)、車を買って、レースに出て、賞品の車をもらってウッハウハ、というビジネスモデルっぽいことは何となくわかってきました(なんじゃそりゃ)。

まぁ、いろんなメーカーのいろんな車があるわけなんですが、私の場合、「プレアデスカップ」と「欧州選手権」に勝ったことで人生が変わりました(どっちも賞品として貰える車が高額で捌けるからですね)。

ニュルブルクリンクに萌える

で、いろんなコースでレースをするわけですが、架空のサーキットもあれば、実在するサーキット(のそっくりさん)もあるわけでして……。ユノディエールにシケインの無い、ル・マンのサルテサーキットなんかも相当萌えるわけですが、何と言っても、今回、一番萌えるのが「ニュルブルクリンク北コース」ですね!

ミヒャエル・シューマッハ人気にあやかって、「F1 ヨーロッパ GP」なるものが、最近ではドイツのニュルブルクリンクで行われていたわけですが、あんなつまらないコース(お、断言したな)とは全然別物の、本物のサーキットがそこにあったわけでして……。

ニュルブルクリンクで燃える

来歴その他は、いつもながら Wikipedia の記事に詳しいわけですが、1976 年にあのニキ・ラウダがフェラーリで大事故を起こしたコース、なんですよね……。

ニキは肺の中にまで炎を吸い込む大やけどを負ったにも拘わらず、シーズンの終盤には復帰して、故ジェームスハントとタイトル争いを繰り広げるという、すさまじい精神力を見せた、らしいです(だってボク子供だったからよくわかんないの誰だよ)。

なんともエキゾチックな……(ぇ

1976 年のチャンピオン争いは、奇しくも最終戦となった富士スピードウェイでの F1 世界選手権・イン・ジャパン(「日本 GP」に非ず。最高に笑える名前ですが、オトナの事情があったわけで)に持ち越されるも、その日の富士スピードウェイは土砂降りの大雨。ラウダはあっさりとレースを放棄するかのごとくリタイアし、いろいろあった後(略したな)、ジェームス・ハントにタイトルが転がり込んだワケです。

F1 イン・ジャパン」なる、Englishman In New York のような(違うと思う)珍妙な名前は、当時、鈴鹿サーキットで「日本グランプリ」(F1 に非ず)という名前のレースがすでに行われていたため、富士で行われた F1 レースが、グランプリを名乗れなかった、ということらしいですね。いやー、見事にオトナの事情ですね(笑)

その後のラウダさん

1975 年のチャンピオンだったニキ・ラウダは、1976 年に生死の境をさまよったものの、翌 1977 年には再度チャンピオンに輝き、その後 1979 年にあっさりと引退してしまいます。そして何を思ったか、いきなり「ラウダ航空」なる航空会社を設立したわけですが……。

自身の航空会社の経営が決して順風満帆とは言えなかったラウダは、1982 年にロン・デニス率いるマクラーレンに電撃復帰。そして 1984 年には 3 度目のワールドチャンピオンに輝きます。歴史に「たら・れば」は禁物ですが、ニュルブルクリンクでの大事故が無かったならば、あと数回はチャンピオンになっていても不思議はなかった人材ですね。

運命は自分で切り開くもの。ただ、何人たりともその宿命から逃れ得ることはできないのだ(何言ってんだか

もっとも、「事故で生死の境をさまよう」のはラウダ本人だけでは無かったらしく、ラウダ航空のボーイング 767 も、タイで墜落事故を起こしてしまい、会社自体が生死の境をさまよったこともあったそうです(笑えない)。その後、結局、経営権をオーストリア航空に譲渡し、自らは経営から退くことになってしまったわけですが……。

こりないニキ・ラウダさんは、今度は「ニキ航空」なる会社を作ってしまったとか。

うん、ニュルブルクリンク北コースの話をするつもりが、ニキ・ラウダについて語ってしまいましたね(笑)。ミヒャエル・シューマッハやアラン・プロスト、ネルソン・ピケに匹敵する、私が贔屓していたレーシング・ドライバーのひとりですので……。

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