2007年4月16日月曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

ゲディーナやトニー・ザイラー、ジャン=クロード・キリーについての話題 (なのか?

 


アルペン男子滑降 #3 ヴァル・ガルデナの感想(は、また今度

Kristian GHEDINA という偉大なダウンヒラーがいまして、その引退セレモニーが行われたレースの話題です。ええ、2006 年 12 月 16 日の話題ですけどね。ずいぶんと前の話題ですねって? まぁ、いいじゃないですか。いつものことです(開き直った

その前に、クリスチャン・ゲディーナについて

で、Kristian のスペルを間違えないようにしながら(ドイツ系イタリア人の名前ですね)、Wikipedia をチェックしてみました。うん、やっぱりイタリア語のページが、一番情報がありますね。

あとは、ゲディーナ本人の Official Web サイトも要チェックですね。Google の検索結果もなかなかふるっていまして、"more than a great skier" とのサブタイトルがついています。ええ、確かに彼は、「単なる偉大なスキーヤー」にはとどまりませんね。

ついでに、リュク・アルファンについても

ほぼ同年代(実際にはゲディーナの 4 つ上)の、フランスの偉大なダウンヒラーに、Luc Alphand という男がいました。もう引退して 10 年近く経つのですが、昨年のパリダカで見事総合優勝を遂げたことは、ご存じの方も多いかと思います。私は「アルファンが首位」という記事を見て、「へ?」という、極めてマヌケな飯能市か、いや、反応しかできなかったのですが、間違いなくリュク・アルファン本人だと知り、ちゃぶ台をひっくり返して驚いたのを覚えています(ウソつけ

何故か猪谷千春さんの話題まで

ゲディーナの話題に戻りますと(レースの感想はどうする?)、クリスティアン・ゲディーナは 1969 年 11 月 20 日に、今では女子のレースが多く行われているコルチナダンペッツォに生を受けました。コルチナ・ダンペッツォと言えば、1956 年のオリンピックで、猪谷千春さんが回転で銀メダルを取った土地でもありますが、ゲディーナは 1969 年生まれなので全く関係はありませんね。

そうそう、ATOK 2006 では、「いがや」で「猪谷」が出てきません。これはゆゆしき事態ですね。IOC に提訴しないといけませんね(ぇ

随分前に、NHK の「世界 わが心の旅」という番組に猪谷さんが出演され、実際にコルチナ・ダンペッツォを訪問されていました。猪谷は回転で銀メダルを取ったのですが、「片足通過反則疑惑」があり、猛抗議をされたらしいですね。番組では、当時の旗門員の方と再会し、「片ハンは無かった」との証言をもらっていました。

こうなりゃヤケクソでトニー・ザイラーの話題も(ぉぃぉぃ

ちなみに、そのコルチナ・ダンペッツォで金メダルを獲ったのが、かの Toni SAILER (トニー・ザイラー)ですね。「トニー」は愛称で、本名は「アントン」だとか。なるほど、英語で言う「アンソニー」のことですね。で、このトニー・ザイラー、競技生活を終えたあとは俳優に転身し、映画に出演して主題歌も大ヒットだそうですが、どんな映画でしたっけ(全然知らないらしい

ザイラーがアリなら、ジャン=クロード・キリーも(ぉぃぉぃぉぃ

元・アルペンレーサーで、その後芸能界入りした人と言えば、Jean-Claude KILLY (ジャン=クロード・キリー)という人もいましたね。面白いことに、キリーも引退後の数年間、パリ・ダカールラリーに挑戦したキャリアの持ち主だそうです。

ゲディーナさんの近況についても

うう。ヴァル・ガルデナのレースの話題はおろか、ゲディーナの話題にすら戻れない……。はい、ここで無理矢理、ゲディーナの話題に戻りましょう。

ゲディーナも、アルファンやキリーに倣ってか、実際にはそれ以上に難易度の高いチャレンジをしているような気もするのですが、今は BMWツーリングカーを転がしているそうです。つまり、立派なレーシングドライバーに転身しちゃった、ということですね。現在の活躍ぶりは、"more than a great skier" と銘打った www.ghedina.com で確認できます(できると思います)。

「スピード好き」ってことで、ディディエ・ピローニの話まで

まぁ、スピードに強い人は、スピードを追い求めてしまうもので、例えば、かつてフェラーリでジル・ヴィルヌーヴと丁々発止のやりとりを見せたディディエ・ピローニなんかも、不慮の事故で F1 ドライバーとしての道が閉ざされた後に、パワーボートに転身して命を落としていますね

うーん、なんか縁起でもない話になっちゃいましたね。今度こそ、話題を戻してみましょう。

ようやくゲディーナについて

ゲディーナは、私の印象では「大器晩成型」というイメージがありました。ただ、実際に記録を紐解いてみると、1990/2/3 に弱冠二十歳で、しかも地元のコルチナ・ダンペッツォで初優勝を遂げているんですよね。そのシーズンは、(おそらく)最終戦のオーレ(スウェーデン)でも 2 勝目を挙げるなど、若くして才能の片鱗を見せていたようです。

そうそう、ATOK 2006明鏡国語辞典のありがたい指摘も載せておきましょう。


ところが、その後は 1994/95 シーズンのウェンゲン(スイス)まで勝ち星に見放されます。私がアルペンを見始めたのがこの頃なので、ゲディーナを「その他大勢」と見てしまったのも、仕方がなかったのかもしれません。

ただ、その久々の勝ち星を挙げた後はコンスタントに勝つようになり、2001 年のヴァル・ガルデナで 13 回目の勝利を挙げるに至ります。13 勝の内訳はダウンヒルが 12 勝、スーパー G が 1 勝ということで、彼がまさしく生粋のダウンヒラーだったことを示しています。

で、ヴァル・ガルデナの話題に戻った、か?

2006/12/16 のヴァル・ガルデナでは、そのゲディーナが前走を務めました。本人はレースに出場して「引退レース」にするつもり満々だったそうですが、大会関係者から止められてしまったそうです。フォン・ホーヘンロウエが OK でゲディーナがダメってのも、凄く納得が行きませんが……。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事