2007年5月12日土曜日

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ザ・タイプライター

 


ありがとう、浜村(ry

さて皆さん浜村淳さん風の発音でどうぞ)、昨日から Microsoft Word の思い出をつらつらと、ではなくだらだらと語っているのですが、その前に「私と日本語ワープロ」についてちょいとお話を……。

うちにパソコンというものがやってきたのが、私が小学校 5 年生頃の話でした。当時は MS-DOS すら無く、ましてや「フロッピーディスク」なんてものは高嶺の花で、片面 5 分くらいのカセットテープにプログラムを保存したものでした。

cload hoge [Enter] などとコマンドを叩いたものです。これでうちにあったのが、どのメーカーのパソコンか、解る人はわかるわけで……。そもそも OS という概念も希薄で、ROM に焼き付けられていた BASIC という言語自体が、一部 OS のような機能を兼ねていました。

で、一通り BASIC でプログラミングを嗜み始めたワタクシ。当時は BASIC のプログラム(今風に言えば「ソースコード」ですが、BASIC はインタープリタなので、違いは無いわけで)をひたすら入力することで、ちょっとしたゲームのもので遊んでいました。

マジカルフィンガーはかくして鍛えられた(ぇ

で、その手の本には、キーボード入力(タイピング)には作法があって、それぞれ 10 本の指にはそれぞれ割り当てられた「ホームポジション」なるところがある、と書かれていました。キーボードの [F] と [J] には、何かしらの突起がありますよね。そこに両手の人差し指を置きなさい、というアレです。

当時、ピュアで純粋な意味かぶってる)小学生だった私は、しっかりと「その手の本」の教えを守り、教科書的な指使いでタイプするように心がけたものでした。その結果はすぐに実を結び、半年もしないうちに、いわゆる「ブラインドタッチ」ができるようになりました。

この「ブラインドタッチ」という言葉、視覚障害者の方に失礼に当たるとして、今ではあまり使わない方が良い、と言いますが、その代替として用意された「タッチタイピング」という言葉の知名度がイマイチなせいもあって、未だに使われていますね。

タイプライター、一度聞いてみたい……

さて、そんなうちの家には、悪筆だった父親が仕事で使うために、「和文タイプライター」なんてものもありました。タイプライターは皆さんご存じですよね。ルロイ・アンダーソンのあの曲のことじゃ無いですよ(わかる人のほうが少ないかも)。ジョン・ケージの「0分00秒」に至っては何の関係もありませんからね(だったら書くな

ちなみに、その後、仕事でタイプライターに触れることも何度かあったのですが、その中でもオリベッティ製のものが最高に良かったです。

和文タイプライターを使う上で必要なもの。それは集中力と忍耐

えと、タイプライターというものは、打鍵することで活字が飛び出し、インクリボンを叩いて印字する、という動きになりますね(かなり強引な説明)。英文のタイプライターだと、アルファベット 52 文字(大文字・小文字)+数字 10 文字+その他 30 文字くらいで、まぁ活字の数も知れているわけですが、和文タイプライターの場合は、ひらがなとカタカナだけで 100 文字近く、その他無数の漢字を用意しないといけないってことで、それはもう大変な仕組みになっていました。

しかも活字は入れ替え可能になっていたため、何かの間違いで活字をぶちまけてしまうと、復旧だけで一日仕事という、それはもう素敵なソリューションでした(笑)。そういえば、かのグリコ・森永事件でも、犯人が和文タイプを使って脅迫状を作成していましたね。

そんなわけで、ウチにパソコンが来るのも比較的早かったのですが、日本語ワープロが来るのも、そう遠くはなかったのでした。ん、なに? もう紙面が埋まった? はははっ……。

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