2007年7月8日日曜日

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「留用」された「日本人」を、もっと誇りに思っていいのではないかと

 


番組紹介

昭和初期、「国策」として奨励された、いわゆる満州国」への移民、その多くは「開拓民」と呼ばれた農民で、日本の敗戦とともに本土への「引き揚げ」を果たしました。しかし、旧・満州に居留した日本人のうち、医師、看護婦、整備士、パイロットといった特殊技能を持つ人間は、折しも再び蒋介石率いる国民党との対決が不可避となった「八路軍」によって見いだされ、本土への引き揚げを許されることなく、十年前後の間「留用」されることとなります。

この番組では、日本人「留用」の当事者たちへの取材をもとに、知られざる「留用」の実体と、その後の日中関係に残した影響に迫ります。

……バイトできそうだな(自分で書いたらしい)。

「留用」された日本人

えーと、これまた随分前に録画しておいた「ハイビジョン特集」を、今更ながらに見ました。内容は最初に書いた通りで、日本の敗戦とともに旧・満州に「棄民」となって残された人々の内、医師、看護婦などの医療関係者、また、パイロットや整備士といった「技能職」などを中心に、日本への帰国を許されることなく、「八路軍」、やがては「中華人民共和国」のために働くことを余儀なくされた方々のドキュメンタリーです。

と、このように書くと、あたかもソ連による「シベリア抑留」のような、強制労働が行われたかのようにも思えるのですが(ひとえに私の筆力不足のせい)、当事者のインタビューからは、「強制」といった言葉の雰囲気は微塵も感じさせません。

もっとも、多少なりとも「思想教育」は受けているでしょうから、知らず知らずのうちに洗脳されてしまっている、という見方は否定できないのですけどね。まぁ、その辺の懸念はスパッと切り捨てるのが大人の対応です(……。

「礼」を以て遇する

旧・満州に残された日本人技能職を八路軍が見いだしたのは、八路軍(=のちに「中国人民解放軍」の一部となる)が一般民衆(人民)に根ざした組織であり、殊に医療関係者などの高度技能職が不足していた、という事情があったからに他なりません。整備士やパイロットと言った「空軍関係者」(日本に空軍は存在しなかったけれど)が重用されたのも全く同じ理由からのためで、さすがに「賓客」待遇では無かったにせよ、それなりの敬意を持って遇されたように見受けられます。

余談ですが、同じ共産党的思想でもって教師や医師を抹殺し、国民全員を「農奴」にしようとした、カンボジアのポル・ポトという人がいましたね。もっとも、ポル・ポトの政策は「文化大革命」をお手本にしたのでしょうから、八路軍の取った「取引」と比べてその是非を云々するのはアンフェアなのでしょうが。

「留用」された日本人技能職は、医師や軍関係のみに留まらず、「満鉄」こと「南満州鉄道」の関係者も含まれていたようですね。彼らはその後、西域での鉄道建設に従事し、素晴らしい成果をあげたと言われます。

もっと、「昔の日本人」を誇りに思っていいんじゃないかなぁ

日本は、「明治維新」という無血革命を成し遂げ、「富国強兵」「殖産興業」を合い言葉に、戦前は「遅れてきた先進国」として「列強」への仲間入りをすべく邁進しました。その「成果」と、それによる「驕り」が、あの無謀な戦争への原動力となったわけですが、そういった負の側面を差し引いたならば、当時は間違いなくアジアトップクラスの(下手をすれば世界レベルの)技術立国であり、アジアにおいてはもっとも発展していた国だったと思われます。

「だから何?」というオチになっちゃいましたね……。いや、そのですね……。「昔の日本は凄かったんだよ」という風に、孫に語りかけることも、必要なんじゃないでしょうか。「勤勉」「努力」によって「栄光」を掴むことができる、という、夢を見せてあげることも、必要なのではないかと思うのです。日本を美しくするのは、子供たちなのですから……。

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