2007年8月12日日曜日

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不明点の整理 (1)

 


謎の連載が滞って久しいわけですが、この日に更新せずに、いつ更新すれば良いと言うのでしょう。というわけで、久々の更新です。

不明点の整理

この連載も、かなりダラダラとなってしまって、論旨が見えづらくなってきているのですが、3/16 の記事で予告したように、事故調査について考える前に、念のため、不明点を整理しておこうと思います。

「右旋回」について(おさらい)

まず、「右旋回」について。これについては、「機長が副操縦士席(右側)に座っていたから」という説が、(比較的)合理的だとして語られるケースがあります。あるいは、一直線に羽田に戻ろうという機長の意思の現れだった、とも言えるかもしれません。これは私がふと思ったことなのですが、ちょっと無理がありますかね?

一部「陰謀説」を唱える論者の中には、「左前方に視認できた不審物との衝突が疑われたから」という、いかにももっともな想像を語る人もいますが、それはあまりにもご都合主義に過ぎると思っています、個人的には。

「スコーク 77」について(おさらい)

次に、「スコーク 77 の送信が早すぎる」件については、ボイスレコーダーに記録されている「ドーン!」の前から、何かしらの予兆を感じていた、という推測で間違いないのではないか、と思います。ただ、こうなると「圧力隔壁が一気に崩壊したことによる予圧空気の大量放出」を尾翼破壊の原因とするには、多少の矛盾が発生することになります。

ご存じの方も多いと思いますが、当時のボイスレコーダーは、30 分のエンドレステープに延々と録音を繰り返す、というものでした。ボイスレコーダーに爆発音?が記録されてから群馬県の山中に激突するまで、約 30 分と少しだったわけで、結果的にはギリギリ上書きされる直前に録音が停止した、ということになります。何かしら因縁めいたものも感じられるかもしれません。

はい、ここまでは 3 月の時点でも書いていました。さらに続けましょう。

「急減圧はあったか」

急降下の非実施」については、藤田日出男氏を始めとする「乗員側に近い立場」の人と、加藤寛一郎氏を始めとする「学識経験者」の間で意見が分かれています。

この「分類」は、あくまで便宜的なもので、学識経験者であっても、誰しもが事故調の論調に迎合的だったわけではありませんので念のため。

曰く、急降下を実施しなかったことは「(結果的には)乗務員のうっかりミス」とする論調(事故調寄り)と、「急減圧が無かったのだから、乗務員の判断にミスは無かった」とする論調に二分されたわけですが、これもなかなか判断が難しい問題です……。状況証拠は、「急減圧は無かった」派にとっても悪くありません。

「急減圧は無かった」派の言い分

生存者が語った状況は、ちょうど一年後に発生した、タイ航空機の急減圧事故とはかなり異なっていたためです。生還したタイ航空機の乗客は、軒並み鼓膜に異常を訴えていたと言いますが、日航機事故の生還者の証言からは、「ドーン」直後に鼓膜の異常を訴えるものが無かった、というのが論旨です。

タイ航空機の「事故」は、上空にて、乗客(暴力団関係者だったとか)が誤って手榴弾を爆破させてしまうという、悪い冗談のような事件でした。

急降下の是非とともに語られるのが、「酸素マスク非着用」問題です。事故調に近い論調では、これも「乗務員のうっかりミス」と片付けていますが、乗務員に近い論調では「これこそ急減圧がなかった証拠」となり、議論は平行線を辿っています。

「急減圧はあった」派の言い分?

テメーの見解はどうなんだ?」という話になりますね。加藤寛一郎氏の「壊れた尾翼」は、「(それなりの)急減圧はあった」「クルーはうっかりしていた」という論調だったわけですが、ちょっと苦しく思える点もあるとは言え、この説も真っ向から否定はできないな、と思っています。確かに、「減圧は緩やかなものだった」と考えた方が自然な点も多いわけで、そうなると根本的に間違っていることになるのですが……。

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