2007年9月24日月曜日

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「微熱地帯」を行く

 


「微熱地帯」という解釈は正しいのかも

今日もお休み、ということで、「38 度線から来た少女」なるドキュメンタリー番組を見てました。38 度線と言えば、嘗て(かつて)とある番組でなぎら健壱氏が「38 度あると微熱だよな」という名言を吐いていたのが思い出されます。

そういえば、ご多分に漏れず「38 度線」なんてコトバも両親から教わったわけですね。「朝鮮半島は北緯 38 度で南北に分断されて……」なんてことを言うわけですが、どう見ても「国境線」と思しきラインは、グニャグニャなんですよね。「なんだ、こいつは『約 38 度線』なのね」と、おめめクリクリのお子ちゃまは一人納得していたのでした。

実際には、一旦は北緯 38 度で南北に分割されたものの、1950 年に朝鮮戦争が勃発し、1953 年に停戦したタイミングで引かれた「軍事境界線」が、現在に至るまで「国境のようなもの」として生きている、ということですね。

DMZ は 2 ポートまで(違

さて、件のドキュメンタリーに戻りますか。南北を隔てる「軍事境界線」の南北 2km の地帯は、DMZDemilitarized zone:「非武装地帯」)として、一般人の立ち入りが厳しく制限されているそうですが、なぜかそんな中に「村」がある、というのが、導入部での謎かけとなっています(映画のあらすじみたい)。

オチは実に簡単でして、軍事境界線が引かれた後で、北朝鮮に向けたプロパガンダの一貫として、「宣伝村」を作った、ということだそうですね。面白いことに、北朝鮮側にも同様の意図で建設された「宣伝村」が見えるのですが、こちらは今は無人だそうです。鉄筋コンクリート造りのアパートは、とても立派に見えるのですが、実際には「張り子の虎」のようで。

ハタチになったら……(違

韓国側の村は「大成洞(テソンドン)」と言うらしいのですが、なにしろ「宣伝村」ですから、ある意味平均以上の暮らしが保証されていたようですね。最新型のトラクターが優先的に貸与されたりとか……。大成洞で生産されるコシヒカリだったかササニシキだったかは、ブランド米として結構な高値で売れるとかで、住民の生活水準は、未だにかなり高いそうですね。

ただ、場所が場所だけに、北朝鮮のスパイが紛れ込んできたり、未だに夜間外出禁止だったりと、「豊かな生活」の代償も少なからずある、みたいですね。

「愛の逃避行」の舞台となった所です

日本は島国ですから、「国境」というものが無い、ようなものですね。太平洋戦争に敗れた時は、北海道を米ソで分割占領する、なんて話もあったそうですが、幸いなことにこれは実現には至りませんでした。

しかし、敗戦以前には、日本にも国境線がありました。あ、今で言う中朝国境(鴨緑江など)もそうですが、それ以外に、樺太(サハリン)の、北緯 50 度線にも、日ソの国境があったんですよね。そう、新劇女優の岡田嘉子が越境したことで知られる(みんな知らないって)北緯 50 度線です。

こいつも随分と前にテレビで見たんですが、北緯 50 度線は鬱蒼と茂った森になっている部分があり、それだと越境が簡単にできてしまうので、南北数メートルにわたって森を伐採し、見通しを良くしていたそうなのです。

基準はトイレの世界地図

ちなみに、いわゆる「南樺太」は、サンフランシスコ講和条約にて領有権の放棄が明記されています。ただ、放棄した「南樺太」がソ連に帰属する、とは一言も触れられていないとして、「国際法上南樺太の帰属は未確定」との立場を日本政府は取っているようですね。

そういえば、うちのトイレに貼ってある世界地図も、南樺太は白いままです(他は何かしらの色が塗ってある)。

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