2007年11月1日木曜日

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福島・梅田・堂島(違

 


FUD という言葉があるのをご存じでしょうか。"Fear", "Uncertainty", and "Doubt" の三つの単語から、それぞれ頭文字を借用したコトバです。

似たような由来の言葉としては「YMO」や「ELT」、「BLT」や「KY」などがあります。諸事情により廃れてしまったものとしては「FDH」というものもありましたね。

ここ、思いっきり笑うところですのでよろしく。:-)

ユダヤ陰謀論に見る FUD の実際

んで、FUD ですが、現実世界の中では「なんとか陰謀論」といった類のものに見ることができます。例えば「ユダヤ陰謀論」とか。確かに、世界の金融市場におけるユダヤ人のプレゼンスは見過ごせないものがあり、何かしらの陰謀論を唱えたくなる気持ちもわからないでもありません。

実際に、それら(「陰謀論」)の多くは、「不安」から来る「不確実」なものであるにも関わらず、何となく我々に「不信感」を抱かせるものだったりします(キレイにまとめたね)。

あ、高価な「壺」を販売するときに用いられるテクニックも「FUD」ですね(笑)。「あなたには悪い霊がついている」という "Fear" を植え付け、「この壺を買うだけであなたの運気はみるみる改善」という "Uncertainty" な言辞を弄し、結果として自らの理性に対する "Doubt" を惹起する、という構造になるかと思います。

合理的だけど情熱的だったり

合理精神」や「本格推理」をこよなく愛する私は、当然のことながら FUD を目の敵にしています。そもそも、"Uncertainty" という存在自体、学問の世界では「本来あってはならない」ものなので、当然といえば当然なのですが。

あ、でも、こう書くと、なんか「科学至上主義者」というか、「科学原理主義」に思われそうでちょっとイヤですね。「この世に不確かなものは何一つ無い」という、まるで工藤新一(二日連続登場)のような考え方を持っているわけではありません。「不確かなもの」は「不確かであるということが確か」になれば、それで良い、というのが科学的な考え方です。

うん、一体私は何を言いたかったのでしょうかね(笑)。そもそもは「中国の脅威はもはや FUD ではない」という論調で記事を書きたかったのですが、「FUD とは何ぞや?」というキーワードで、だらだらと書いてしまいました。

さぁーて来週の……

うむ、微妙にスペースがあるような無いような。困りましたね。とりあえず「次回予告」をしておきますと、「中国の脅威はもはや FUD ではない」、「地球温暖化はもはや FUD ではない」、「カツオ、イタリア人に笑われる」の三本です。じゃーんけーんぽーんっ。あれっ?

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