2007年11月4日日曜日

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チェ・ゲバラ 遙かなる「自分探しの旅」

 


休みの日は、録り溜めだドキュメンタリー番組を見るのが世の常……じゃなくて、えーと、なんだ。私にとってはいつものことなんですが……。

チェ・ゲバラ 遙かな旅

てなわけで、今日は、これまた随分前に放送されていた(筈)の、「チェ・ゲバラ 遙かな旅」なる番組を見ました。まぁ、フィデル・カストロのドキュメンタリー番組を見て、「そういえばチェ・ゲバラっていたよな」などと再確認している程度の認識しか持ち合わせていない人間にとって、「これは是非とも見ておかなければ」という強い決意のもと(ホントかよ)、じっくりと見ましたですよ……。

Wikipedia のチェ・ゲバラの項目から引用:

チェ・ゲバラChe Guevara)、本名エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナErnesto Rafael Guevara de la Serna, 1928年6月14日 - 1967年10月9日)は、アルゼンチン生まれのマルクス主義革命家で、キューバのゲリラ指導者。

間違えても「元・韓国代表 FW ?」などと口走ってはいけません(それは「チェ・ヨンス」ですね)。ましてや「ゲバラ焼肉のたれ」なんてもってのほかです。確かにアルゼンチンは牛肉の消費量が世界一なんて噂もありますけど(こらこら

舌打ちじゃないですからね

ちなみに、「チェ」という、ちと変わったニックネームの由来は、

「チェ」はアルゼンチンのスペイン語で「ねぇ君」などと相手に呼びかけるときに使う言葉に由来するあだ名である。

なるほど。イタリア語で言う「チャオ」みたいなものかな。ちと違うか(かなり違うかも)。南部方言で言う "Caro" みたいなものかも。

要するに、「よぅゲバラ!」というのがそのまま名前になっちゃった、ということですね。端正なお顔の割には微笑ましいエピソードですね。日本人だとどんな感じになるのでしょうか。「ばってん荒川」とかでしょうか(かなり違うと思う

そのため、ラテンアメリカでは通常「チェ」もしくは「エル・チェ」(el は英語の the に相当する定冠詞)と呼び、「チェ・ゲバラ」と呼ぶことは少ない。

ま、そりゃそうでしょうね(あっさり

ゲバラさんの「自分探しの旅」

さてと。番組について語る前に、ゲバラさんについて語って終わりそうですね。

幼年期
1928年アルゼンチン第二の都市ロサリオで誕生する。父はエドゥアルド・ラファエル・エルネスト・ゲバラ・リンチ、母はセリア・デ・ラ・セルナ・イ・ジョサ。ペルー副王の末裔であり、経済的には恵まれた家庭であった。

うん、これは想像がつきました。というのも、出自が貧困層であれば、むしろ拝金主義に走ることが多いですからね。ある意味「お金のいらない平等な世界」を夢見るのは、そもそもが「お金に困っていない」ケースが多かったと思うのですよ。お金に余裕がないと、ちゃんとした教育も受けられませんしね。

ま、そんなわけで、大学で医学を専攻した、喘息持ちのインテリ坊ちゃまだったゲバラは、その後南米各地に「自分探しの旅」に出かけ、見事「革命家」という「自分」を探し当てたのでした。「自分探しの旅」が、往々にして、単なる観光旅行やモンゴルで朝青龍とサッカーに興じたり、になりかねない実情を考えると、このあたりにゲバラの非凡なところを垣間見ることができますね(ぉぃ

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