2007年11月5日月曜日

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ゲバラさんが神々しい件

 


ブランド化するゲバラさん

まぁ、この際、折角なのでゲバラさんのお顔をとくとご覧下さい。遠くを見ているようなこの写真は、横断幕であったり T シャツであったりと、いろんなところで見かけますよね。

素朴な疑問なんですが、肖像権とか大丈夫なんでしょうか(汗)。まぁ、ライセンスビジネスに精を出すマルクス主義者ってのも、とっても変ではありますけどね。

エコノミスタなゲバラさん

昨日の記事のとおり、ゲバラは、どちらかと言えばお金に無頓着な人間だったようなのですが、その彼がキューバの国立銀行総裁に就任したことを訝るネタとして、こんな都市伝説があったらしいですね。こちらも Wikipedia の「チェ・ゲバラ」の項からの引用です。

「新政府の閣僚を決めるに際し、カストロが『誰かエコノミスタ(経済通)はいないか?』と尋ねた。連日の激務で疲労し、居眠りをしていたゲバラがこれを『コムニスタ(共産主義者)』と聞き間違えてとっさに手を挙げ、彼の国立銀行総裁就任が決まった」

実際には全くのネタだったらしいのですが、まぁ、その……、笑えますよね

ゲバラさんのその後

前述の通り、キューバでの革命に「成功」し、一時的には政府の要職を務めたゲバラでしたが、理知的で理想主義に傾倒したところがあったゲバラは、共産主義の総本山たるソ連と対立するなど、政治的な手腕は微妙なところがあったようです。結局、程なくキューバを去り、新たな「戦地」を探し始めます。一時はアフリカのコンゴに渡ったものの、うまくいかず撤退。その後、南米の地に共産主義革命を起こすべく、ボリビアに潜入します。

ただ、ボリビアでのゲリラ戦も、親ソ路線のボリビア共産党と共闘することができず、また、カストロからの援助も思うように得られなかったこともあり、苦戦を強いられます。結果として、ゲバラの目の敵、アメリカ CIA の援助で対ゲリラ戦の力を向上させていたボリビア政府軍に包囲され、負傷したゲバラは囚われの身となります。

カストロからの援助が滞ったことを指し、「カストロはゲバラを見殺しにした」との論調もありますね。カストロ本人は否定していましたが……。

そして、その翌日(1967 年 10 月 9 日)、ゲバラは処刑されます。これはボリビア政府からの指令があったとされますが、これは紛うことなく「捕虜の虐殺」(あるいは「私刑」)であり、ジュネーブ条約に違反していますね……。

ゲバラさんが神な件

さてと。件の番組は、作家・戸井五月が、ゲバラが処刑されたとされるボリビアの地を訪れ、囚われの身となったゲバラと言葉を交わしたとされる女性へのインタビューをベースに作成されていました。

ゲバラと言葉を交わしたという女性曰く、「テロリストの親玉と聞いたから、どんな酷い人間が連れてこられるのかと思いきや、まるでキリストのような人間だったので、とても驚いた」とか。まぁ、長期にわたる潜伏生活でやつれていただろうとは言え、筋の通った生き方を貫いたゲバラの顔には、一種の神々しさすら漂っていたのかも知れませんね。

でも、グズマンは……

ちなみに、南米の極左ゲリラと言えば、センデロ・ルミノソの名前も外せませんが、こちらの指導者だったアビマエル・グズマンは……。ちょっとキリストには見えませんね(そりゃそうだろ)。

教訓:人は見た目が9割(ぇ

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