2007年11月13日火曜日

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幼児向けアニメーションの問題点に鋭く迫る

 


犯罪の多様性はポーが予測した通り……(してないだろ

国内における犯罪の低年齢化傾向は留まるところを知らず、このままではいずれ、胎児による犯罪が起こってしまっても不思議ではないのが現状です(さすがにそれは無理だろ

青少年の健全なる人格形成には、「道徳教育の実施」や「家庭内での対話」が重要とされますが、これらを阻むものとして「ゲーム」や「TV アニメーション」の存在を主張する論調もまた、少なくありません。

幼児向けアニメーションの問題点に鋭く迫る

本日は、「アニメーション」の中でも、幼児向けに絶大なる人気を誇る「そねいけ!アソパソマソ」を取り上げて、その問題点に鋭く迫ります。

この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りします。って、何も表示されていないような気も……。まぁ気にするな。

テーマソングにおける全能感の発露

「そねいけ!アソパソマソ」にてまず目につくのが、番組の内容とテーマソングの間における奇妙な不整合である。劇中では、主人公たるアソパソマソはカレーパソマソメロソパソナなどの多くの「仲間」に囲まれ、和気藹々とした生活を楽しんでように見えるにもかかわらず、「愛と勇気だけが友達さ」と、まるで冬山の単独登頂を狙う登山家のような、孤高な心意気を歌い上げている。

これはつまり、アソパソマソにとって「カレーパソマソ」や「メロソパソナ」は友達以下の存在であり、アソパソマソはあたかも自分一人の力で生きているかのような、傲慢かつ増長した考え方を日々持っていることを示唆しているのに他ならない。これは、「仲間を大切にする」という考え方を結果的に否定していることにも他ならず、幼児の対人関係の形成を阻害していると言って良い。

刺激的な描写による嗜虐性の助長

また、「そねいけ!アソパソマソ」という作品自体にも、アソパソマソの頭部を交換する時に(この考え方自体問題だが)、頭部が吹っ飛ぶなどの、幼児向けの番組としてはあまりに刺激的な内容が含まれており、これは幼児に「スプラッタ映像」を見せるのと同様に、幼児の嗜虐性を助長するものと考えられ、極めて憂慮すべきものである。

そもそもの、「頭部があんぱんでできている」という発想の是非はともかくとして、頭部が濡れただけで使い物にならなくなるという発想も、何もかもが使い捨ての「消費社会」を体現したものであり、リサイクル精神に極めて欠けたものであることも特筆すべき点と言えよう。

スペランカーは三度死ぬ

また、人体(しかも「頭部」)において、「ダメになったら代わりを作ってもらう」という発想は、「人は死んでも 3 回までなら生き返る」というスーパーマ○オ的な考え方を想起させ、「人命のかけがえのなさ」を学ぶ上での弊害となっている。ここはやはり、頭部が濡れるのを防ぐために、アソパソマソにはウェットスーツを着用させることが望ましいのでは無かろうか。

ただ、こと幼児においては、食事中に床に落とした食品も平気で口にしようとするところがあり、これは衛生面やマナー上で問題があるため、「ダメになった食品は素直に諦める」という考え方を幼児に植え付けるには有効であることを付記しておく。

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