2007年12月9日日曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

Z の悲劇

 


「みぎり」の由来は「水限」だとか

今を去ること随分前ですが、2007/2/10 に、「私は相対音感(って何?)の持ち主です」なんて記事にも書きましたとおり、私は絶対音感の持ち主ではありません。相対音感の持ち主です(だから何ソレ?

とりあえず、まずは言い訳からなのですが、私はご幼少のみぎり(笑)、自分で音を取らないといけない楽器を嗜んでおりました。どういうことかと言いますと、例えば「鍵盤ハーモニカ」なんかだと、「ド」の鍵を叩けば「ド」の音が出ますが、私が習っていた某楽器は、指の位置がミリ単位でズレるだけで、音階のズレとなって返ってくる構造になっていました(ミリ単位はちと大げさかな?)。

しかも、使うたびに調律が必須という、これまた素晴らしいおまけまでついていました。そんなわけで、相対的な音のズレには強くなった、ような気がします。半音の半分の、さらに半分くらいのズレに対して、「なんかズレてんじゃ?」と思える、ような気がします(「だけかよ

Z の悲劇

某楽器と同じく、自分で音階を取らないといけないものとして、「歌声」というものがありますね。これまた厄介なもので、歌っている本人はばっちり合っているつもりでも、傍から聞いていると恐ろしくズレてるという悲劇も少なくありません。

歌を歌うことを生業にしている人、つまり「プロのミュージシャン」の中でも、音階が微妙にズレている人って、いるんですよね。例えば、以前から気になっているのが Andrea Bocelli。私の耳が腐っている可能性も少なからずあるのですが、なーんか、ほんのちょっぴりズレてる時があるような気がするんですよね。もっとも、最近はあまり気にならなくなったのですが。

高見沢さん

邦楽では……。THE ALFEE の高見沢さんが凄まじいかと。歌い方……というか、発声の仕方の問題……というかクセなのかもしれませんが、最初に取った音がズレていて、歌いながら帳尻を合わせるような印象があります。「桜井さん」や「坂崎さん」の音程がかなりしっかりしているだけに、余計目立つのかもしれません(笑)。

ただ、思うんですが、THE ALFEE の楽曲を聞いていると、高見沢氏のちょっぴりズレた歌声が、実にいいアクセントになっているような気がするのです。そう、アクセントなのですね。チャームポイントと言ってもいいかもしれません。

ボチェッリの歌声が、最近気にならなくなったのも、もしかしたら同じ理由からかも知れません。ほんのちょっぴりズレているのが、むしろ、妙にくすぐったく感じられるような……。

地デジへの移行準備は進んでますか?

改めて考えると、これは「アナログ」と「デジタル」の違いのようなものかも知れません。「打ち込み」のドラムと、コージー・パウエルが叩くドラムは、どちらが「正しい」かと言えば、やはり「打ち込み」だと思うのですね。ただ、どちらが「味がある」か、あるいは「迫力がある」かと聞かれると、おそらく大多数がコージー・パウエルを選ぶことでしょう。

ほんの少しの「ゆらぎ」や「ズレ」が、得も言われぬ感覚を惹起するような気がします。ドラムの場合は「タメ」というものもありますね。こういったアナログな感覚も、いずれはデジタル的に再現されるのかもしれません。ここは、素直に「面白い!」と思うべきなのでしょうね。

ちなみに、コージー・パウエルさんの死因ですが、飲酒運転によるものだそうです。飲酒運転はいけませんね、ハイ。忘年会シーズンですが、くれぐれも飲酒運転だけはなされませぬよう。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク