2008年2月3日日曜日

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So many Kaputnik ?

 


バイコヌールと言えば「宇宙基地」です

私が敬愛する物書きのひとり、米原万里女史の唯一の?小説「オリガ・モリソヴナの反語法」には、「バイコヌール」という地名が出てきます。これはカザフスタン(旧ソ連)に実在する地名なのですが、私にとっては聞き覚えのある名前です。ひょっとしたら、「私も聞いたことがありますよ」という方も多いかもしれません。

「バイコヌール」という地名が有名なのは、旧ソ連の宇宙開発の拠点として著名だったことが大きいです。時は 1980 年代、冷戦ユーロビートが真っ盛りの時代、多感な子供だった私は、「ソユーズ」や「サリュート」などのソ連の宇宙船に、漠然と「すごいなぁ」という印象を抱いていたのでした。

「カプートニク」という自虐ギャグもありました

確かに、月面に最初に降り立った人類は、アメリカの、ルイ……じゃなくてニール・アームストロングでしたが、それ以外は、スプートニク(世界初の人工衛星)、ユーリィ・ガガーリン(人類初の宇宙飛行士)、ワレンチナ・テレシコワ(女性初の宇宙飛行士)などなど、すべてをソ連が先鞭をつけていたのでした。

中でも、宇宙空間での長期滞在を目的として開発された「サリュート」は、「宇宙ステーション」というジャンルの先鞭をつけたもので、こういったものを 1970 年代から十数年にわたって運用し続けていたという点が、子供心に「いつか、宇宙で暮らせるんじゃないか」といった夢を抱かせていたのですね。

アメリカも、アポロ計画中止後、「スカイラブ」という宇宙ステーションを作っていましたが、実質 1 年で計画打ち切りになっています。

サリュートは、1971 年に 1 号機が打ち上げられ、1985 年に 7 号機が放棄されるまで、足かけ 14 年にわたって運用されていました。サリュートの跡を継いだ「ミール」は、15 年もの長きにわたって、日本人を含む 100 人以上の宇宙飛行士が訪れたと言います。

ま、そんなわけで、「ソ連の宇宙開発って、(スペースシャトルと比べて)古くさいけど凄いね」というのが、お子ちゃまだった私の印象でした。

ガガーリン以前

さて、米原女史の著作(「オリガ・モリソヴナ~」ではない、ノンフィクション作品)に、気になる記述がありました。曰く、「ユーリィ・ガガーリンの宇宙飛行成功の影には、存在そのものを抹殺された何名もの犠牲者がいた」といった記述です。

原典を明示するのが筋なんですが、ちょっと調べるのが億劫なもんで……。

少々興味を惹かれたので、ネットでも調べてみました。すると、「消された男たち」といったページも見つかりました。あくまで噂に過ぎないですが、レドフスキーとか、シボーリンとか、ミトコフとか、そんな名の宇宙飛行士が弾道飛行で命を落とした、なんて話もあるようです(繰り返しますが、あくまで噂に過ぎません)。

「キヤノン」そして「イリユーシン」

中でも「都市伝説」として完成の域に達しているものに、人類初の宇宙飛行士はウラジーミル・イリユーシンというものがあるみたいです。曰く、ガガーリンがボストーク 1 号で宇宙飛行に成功する数日前、ウラジーミル・イリユーシンなる人物が宇宙飛行に成功するも、装置の故障により予定より早く大気圏に再突入し、中国奥地に不時着して重傷を負った、というものです。

ウラジーミル・イリユーシンは、航空機メーカー「イリユーシン」の生みの親であるセルゲイ・イリユーシンの息子で、優秀なテストパイロットだったとか。

つづく?

この手の「都市伝説」にはありがちなように、都合の良い状況証拠はぼちぼちあるそうです。ちょっとボリューム的に微妙になってきた上に、体調もすぐれないので、続きは後ほど……。

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