2008年2月11日月曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

昨日は神様、今日は特命係長(違

 


紀元 2668 年のニッポンを考える

今日は「建国記念の日」でして、嘗ては「紀元節」と言われていた祝日でした。紀元節については 2007 年 2 月 11 日の記事に詳しいので、過去を振り返ることはしません(ぇ

うん、今年も右翼の皆さんが多数お出ましになりました。で、その、何と言いますかですね……。「愛国心」とか、そういったものをそれなりに高揚するのはいいことだと思うんですね(いきなり何を

いけないのは、協調性のない「ひとりよがりな主張」や、他者・他国を尊重しない「排他的または独善的な主張」なんだと思うのですね。声高に「国民の皆さん」に対して呼びかけるのもいいのですが、正直に言えば、もう少し静かに活動してくれてもいいのに、なんて思います。

「ウテナ」は「見晴らしの良い台」という意味です

「日本には、維新はあっても革命は無かった」なんて話もありますが、果たして本当に革命は無かったのでしょうか?

実は、「革命」の定義が意外とあやふやなので色々とアレなのですが(ぉ)、私見では、日本における革命は、少なくとも二度はあったような気がします(超あいまい)。一度は「平家滅亡」、もう一度は、いわゆる天皇の「人間宣言」が、日本における「革命」にあたる、のではないでしょうか(← 弱気

本能寺の変はどないやねん」とか、「寺田屋事件どうよ」といった指摘もありそうな気がするのですが、これはあくまで「政変」に過ぎない、と思うのです。「壬申の乱」や「南北朝の成立」も、大局的に見れば単なる政変の一種かなぁ、なんて思います。

昨日は神様、今日は特命係長(違

察しの良い方には、既になぁんとなくご理解頂けていると思うのですが、「価値観の激変」の有無を以て「革命」の是非を考えています。まぁ、「天皇の人間宣言」については、「昨日まで神様、今日からただの人」という「価値観の激変」があったわけで、これは「革命」と呼ぶに相応しいと思うのですね。

ちなみに、「平家滅亡」は、ちょいと微妙でして……。「武士が政治のキャスティングボードを握った」というタイミングが果たしていつだったか、意外と明確にはできないかな、なんて。普通に考えると「保元平治の乱」あたりかな、とも思えるのですが、ちょっと違うように思えるのですね。なぜなら、「保元・平治の乱」は、所詮貴族同士の内輪揉めに過ぎないから、です。

まぁ、下らない内輪揉めの結果、平清盛以下の「平家一門」のプレゼンスが格段に上がったのは事実ですが、結局平家も「貴族化」しちゃったわけで、「武家政権」とはなり得なかったという厳然たる事実もあります。となると 1192 年の「鎌倉幕府成立」を「革命」と考えるべきにも思えるのですが、どうも人として頼朝は好きになれないもので……(ぇ

いや、業績はすんごいんですけど、清盛と比べて人間がちょー小さい気がするもんで……。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事