2008年2月25日月曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

「発信人は死者」

 


「1942」というシューティングゲームもありました

中学校の「社会科」の副読本には、「1942 年時点での日本の勢力圏」として、北はアリューシャン列島のアッツ・キスカ島、西はビルマ・インドの国境付近、東はグアム・サイパン島、南はオーストラリアのすぐ手前までといった、広大な範囲が図示されていました。また、親からは「昔は、韓国も台湾も樺太も千島列島も、みんな日本の領土だった」と聞かされていたので、幼心に「なんとも惜しいことをしたものだなぁ」と思ったものでした。

さて、小中学生の頃は「太平洋戦争」にひどく興味を惹かれた子供だったわけですが、高校に進学したあたりから、いろいろと興味の幅が広がったこともあって、しばらく疎遠になっていました。ただ、因果は巡ると言いますか……。

「D 機関情報」も面白いですよ

まず、高校生になってから、ひょんなことから西村京太郎を読むようになりました。随分前から「旅情ミステリ」専門になっている西村氏ですが、もともとは「海洋ミステリ」が得意だったことは、もはや忘れられつつあるような気がします。

さて、そんな西村京太郎のミステリの中で、「発信人は死者」というものがありました。これは、太平洋戦争中、「伊」号潜水艦による「瑞西」(スイス)への軍需物資の秘密取引が云々、という話で、謎の特務機関が出てきたりと、ミステリらしいミステリになっていて、作中の世界に引き込まれたものでした。フィクションはフィクションなのですが、妙なリアリティがあったのが良かったみたいです。

また、「超特急つばめ号殺人事件」という、これはいかにもありそうな題名なのですが、戦後の日本と、戦中の日本が劇中で交錯していて、これもなかなか楽しめた記憶があります。

西村京太郎には、他にも、近衛文麿の暗殺計画を描いたものもありました。題名が思い出せませんが……。ああ、題名ですが、「首相暗殺計画」みたいですね。これは短編だった筈なので、どこかの文庫本に収められているはずです。

あとは「丸紅ルート」くらいかと

あと、私がふたたび「太平洋戦争」に興味を抱くきっかけとなった点ですが、「西村京太郎ルート」と、もう一つは「坂井三郎ルート」、だったかも知れません。

坂井三郎は、「大空のサムライ」として著名な、零戦のパイロットを務めた人物です。高校時代は、柳田邦男の「撃墜三部作や、加藤寛一郎の「壊れた尾翼」「飛行のはなし」などを読みあさっていたので、この辺から「坂井三郎」に辿り着くのは、不思議ではありません。

柳田の「零式戦闘機」や、「零戦燃ゆ」なんかも読んでいましたね。

「車輪の再発明」は避けるべき

ま、そんな感じで、いつしか気づけば大学生になっていたわけで……。比較的お金に余裕ができてきたこともあり、いろいろと本を読みあさるようになったのでした。うーん、こうやって無理矢理まとめてますが、何がきっかけで、こんなに本を買いあさるようになったのか、思い出せないんですよねぇ。

一つ確かなことは、大学生の頃より、就職した後のほうが、より蒐集癖が酷くなった、ってことでしょうかね。自分があまりに自民族の「近代史」を知らないということを(ようやく)理解したということ、(自他問わず)過去の失敗には学ぶことが多い、ということに気づいたこと、さらには日本人は過去を清算するばかり学ばないという特性(悪癖?)に気づいたこと、が主な理由です。

とりあえず、過去から学ばないのは馬鹿げてると思うんですよ。「昔の人は悪いことをしました。二度と悪いことはしないようにしましょう(まる)」ではなくて、もっと大局的な視点から近現代史を俯瞰して、教訓を得るべきだと思うんですよねぇ。昔の日本人がみんな鬼畜だったわけは無いのですから。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事