2008年3月25日火曜日

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「カラなんとか」に見るユーラシア大陸文化の連続性

 


趣味はクラシック鑑賞の Bojan さんです。ウソです。見栄張りましたっ。

なんや、カラヤン!

そんなこんなで、チベットとかウイグルとかモンゴルとかがアレな今日この頃ですが、グスタブ・ホルストの「惑星」についてだらだら語る前に、ホルスト・シュタインとルチ将軍について語ってしまったのでした。懲りずに続けます、コリン・マシューズ。

ホルスト・シュタインと言えば有名な指揮者で、有名な指揮者と言えばレナード・バーンスタイン。バーンスタインと言えばヘルベルト・フォン・カラヤンというわけなのですが(ぇ)。

飲み屋で手に取ったビール瓶がすでに空だったことに気がついた関西人のリアクションような(長すぎ)親近感を感じずにはいられない「カラヤン」について、Wikipedia の記事から飲用します。じゃなくて引用します、だ。

カラヤンの生涯

ヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年にオーストリア・ハンガリー帝国(現在のオーストリア共和国)ザルツブルク州のザルツブルクで貴族の子として生まれた。

ふむふむ。「オーストリア・ハンガリー帝国」というのが、現代人には妙に違和感を感じてしまうのですが、阪急阪神ホールディングスと似たような違和感なんでしょう、きっと。

カラヤン=黒ヤニさん?

続き。

彼の先祖はビザンティン帝国(東ローマ帝国)に仕えたギリシャ人のカラヤニス家(Karaiannis, Caragianni)の出身であるといわれているが、ギリシャ化したアルメニア人(スラブ系マケドニア人の説もあり)だという説もある。

そういえば、ギリシャに Giorgios Karagounis(カラグーニス)というサッカー選手もいましたね。彼がオーストリーに移住したならば「カラゴン」になるんでしょうかね。なんか安物の怪獣みたいな響きですね。

カラヤンのカラはテュルク語で「黒」を意味するが、バルカン言語地域ではその語はないため、アナトリアの滅亡したキリキア・アルメニア王国からのアルメニア系亡命者とも考えられる。

なるほど、カラは「黒」なんですね……。ん? 「カラ」=「黒」って、どっかで聞いたような……。

樺太じゃなくてカラホト

去年あたりに NHK スペシャルで放送されていた「新シルクロード」の第 8 集が、「カラホト 砂に消えた西夏」という題名でした。「西夏文字」という、漢字をベースにした独自の文字がミステリアスで、かつ美しかったのが印象的なのですが、その舞台であった「カラホト」は、漢字では「黒水城」と書くのだとか……(!)。

カシミール地方とタクラマカン砂漠の間に横たわる「カラコルム山脈」も、トルコ語で「黒い砂利」という意味だとか。

同じ「カラコルム」という名前の街がモンゴルにもありますが、こちらの語源もテュルク語またはモンゴル語で「黒い砂礫」という意味なのだとか。

テュルク語≒トルコ語なので、ある程度の一致を見るのは必然なんですけどね。

つまり、「カラなんとか」は、テュルク諸語でいう「黒なんとか」である可能性がかなりあるんだ、という話になります。「カラオケ」や「カラーテレビ」、「カラメル」あたりもテュルク語に起源が見られるのかもしれません(たぶん違う

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