2008年3月30日日曜日

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罪を憎んで人を豚まん

 


負けちゃいました

原告敗訴だそうで。何の話かと言いますと、いわゆる「大江健三郎岩波書店沖縄戦裁判」という裁判の話です。

この辺の話題は、どうしても不毛なイデオロギー談義になってしまうので、あまり本意ではないのですが、歴史家の末席を汚す身としては(そうじゃないってば)、やっぱ触れないわけにはいかないだろう、なんて……。

そうですね、最初に私の立脚点をお話しするのがフェアですよね。えーと、朝日新聞は嫌いです(笑)。ネット上で好き嫌いを公言するのは好きじゃないですし、本当はやりたくないこと(やってはいけないこと)だと思ってますが……。まぁ、「朝日新聞」の場合は、有名税だと思って諦めてください。

ちょっとおさらい

まず、この訴訟が、どんな内容で争われたかを簡単におさらいしますと……。

時は太平洋戦争末期、米軍が沖縄に上陸しようかとしていた頃、沖縄の各地で民間人の「集団自決」が相次ぎました。

時は移ろい、大江健三郎という人が、その著書「沖縄ノート」にて、座間味島渡嘉敷島で発生した集団自決の当事者の証言などから、「旧日本軍の司令官が民間人に自決を強いた」と断じ糾弾しました。

ところが、さらに時は移ろい、少なからぬ数の当事者が鬼籍に入る中、「集団自決が旧日本軍の命令で行われたのはウソでした」との証言が出始めます。曰く、「集団自決が旧日本軍の命令で行われたことにしておけば、戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づいて国家補償が出るから」だとか。つまり、「実際には軍の命令は無かったけれど、遺族の方に申し訳ないから、命令したことにしておくよ」という美談があったのだよ、という説です。

「ホントは良くわかんないけど、なんかそんな感じだしぃ」

で、今回の訴訟は、「実際には自決を強要なんてしなかったのに、当時の司令官を極悪人扱いしたのは、当人の名誉を著しく損なうものであるので怪しからん」ということで行われたのでした。結果は、原告の敗訴だったのですが。

判決要旨曰く、座間味島や渡嘉敷島ではいろんな証言(「自決が強要された」とも「自決を強要されることはなかった」とも)があってアレだけれども(ぇ)、「集団自決が発生したところには日本軍がいた」し、また「日本軍がいなかった島では集団自決は発生しなかった」から、「やっぱ日本軍が関与してたんじゃな~い?」と。

そりゃあまぁ、そうでしょうね。軍人のいないところで、手榴弾で自殺できるとは思えないですし。「沖縄の集団自決」と「日本軍」の相関関係は、とてもじゃないですが否定できるとは思えません。

罪を憎んで人を豚まん

でも、その論法では、「座間味島の日本軍司令官」や「渡嘉敷島の日本軍司令官」が「自決命令を出した」という証明にはなってない筈なんですよ。どういうことかと言うとですね……。

(1) A 社では、多少、賞味期限が切れた原材料でも使うように、社長から指示が出ていた
(2) A 社の B 工場では、工場長が賞味期限の厳守を命じていた
(3) A 社 B 工場の一部の従業員が、工場長の目を盗み、社長の指示通りに賞味期限切れの原材料を使って製造を行った
(4) A 社 B 工場にて原材料の賞味期限切れが発覚し、工場は閉鎖。後にパートのおばちゃんは「工場長は本当に立派な人だった」と証言。

このような状況にあって、著書にて「工場長は人間のクズだ」と断言したならば、名誉毀損は成立するんじゃないかと思うのです。もちろん (2) が誤りであれば名誉毀損は成立しませんが、「誤りである」とは論証されていないと思うのですね。

仮に、「よその工場長は賞味期限切れを黙認していた」と証明できても、B 工場の工場長もそうだった、とは断定できない筈。

「司令官は強制をしなかった。ただ末端の兵士が手榴弾を配ってしまった」という可能性もありますし、極端な話、「(米軍に殺されることにおびえていた)住民が、兵士に手榴弾をねだった」という可能性も、当時の世相からは十分考えられると思うのです。バンザイクリフの例もあるわけですから。

ヨルダンの首都はアンマン

日本の司法は、「疑わしきは罰せず」だと思っていたので、「疑わしい(かもしんない)情報」をもとに、個人を特定できる形で「司令官」を断罪することは、許されないと思っていたんですよね(「旧日本軍」を断罪するのはいいんですけど、「司令官」という個人を断罪するのはどうかと思うのです)。なので、凄く意外でしたし、残念に思いました。

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