2008年4月2日水曜日

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エスプリもいいけど、エリーゼもいいですね

 


えーと、「万歳三唱令」は真っ赤なウソだったわけですが、当然私のオリジナルではなく、どこかの気の利いた人が編み出した、パリのエスプリを感じさせる洒落たジョークだったのでした(褒めすぎ?)。

というわけで、今日も Wikipedia の「万歳三唱令」の項目から引用引用……。

万歳三唱令ばんざいさんしょうれい萬歳三唱令)は、万歳三唱の作法を定めた太政官布告と称する、1990 年代に出回った偽文書である。明治 12 年( 1879 年) 4 月 1 日施行の太政官布告第 168 号という趣旨の表記がされており一見本物のように見えるが、該当する布告は存在しない。

はい。この Hoax(デマ)は、1990 年代に出回ったと言いますから、比較的最近の「偽文書」なんですね。

他の政治的な偽書などとは性質が異なり、万歳の作法上の混乱を招くだけで存在に余り意味がなく、なぜ作られたかもよく分からない。

「万歳三唱令」の素晴らしさ(笑)を端的にまとめた、良い文章です。「存在に余り意味がなく」ということもさることながら、偽文書でありながら「害が無い」というところが素晴らしいと思うのです。たとえば、同じ「偽文書」である(とされる)「田中上奏文」なんかは、いわゆる「東京裁判」で戦犯の訴追に使われかけたりもしたわけで、偽文書が量刑の多寡に影響を及ぼした、なんて可能性もあったわけで……。その点、この「万歳三唱令」の何と罪のないことか(笑)。

一歩先を行く画期的な解釈

続けましょう。

しかし、ここに定められている万歳の作法が「両手を真上に上げると同時に右足を半歩踏み出す」という一般には行われない奇妙な作法となっていること、そして発令日が 4 月 1 日(エイプリルフール)であることから、ジョークもしくは悪戯目的で作成されたのが広まったものと推定される。

だそうです。この「右足を半歩踏み出す」という奇矯な所作が、この偽法令の茶目っ気を如実に現していますね。ちなみに、この「半歩踏み出す」に対して、さらに踏み込んだ解釈をすることで、「グリコ」の看板との共通点を見いだすという、素晴らしい研究も先達の手によって行われています。そうか、これは気づかなかったぞ……(笑)。

「笑い」の攻撃性を考える(何をいきなり

そもそも、「笑い」って何なんだろう、と思うのですね。世の中の全ての笑いがそうである、とは証明できないのですが、威力のある「笑い」(いわゆる「どっかーん」と来る笑い)って、少なからず、「マジョリティがマイノリティを嗤う」という図式が成り立つような気がするのですよ。

例えば、最近のテレビでは、「お馬鹿キャラ」がクイズ番組で珍回答を繰り出しては笑いを取っている……ことが多くないですか? あんまり民放を見ないのでアレなんですが、なんかそんな気がするもので。

どういうことかと言いますと、スポンサーからの収入で経営を成り立たせている民放各局は(いや、民放に限った話じゃ無いんですけど、本来は)、一般大衆ウケするコンテンツを放送することで、大衆の支持を得ないといけないわけです。だから、マジョリティから見たマイノリティとして「お馬鹿キャラ」を登場させ、それを「いじる」ことで得られる笑いは、視聴者の多くに共感を得られる筈なのですね。

一般大衆(マジョリティ)から見て、「お馬鹿キャラ」の人々は、マイノリティだと思うのです。「普通はあれくらい知ってて当たり前なのに、あんなことも知らないなんて」という構造が、根底に流れている……と思うのです。

マジョリティの対極はマニアック?

ところが、例えば「自然界に存在する『四つの力』とは、『電磁気力強い力弱い力コリオリの力』のことである」というジョーク(のつもり)を話したとして、果たして何 % の人がウケてくれるのか……と考えると、とても悲観的に思えるのです。

何故か……と言えば、「自然界の四つの力」を暗記していないと、そもそもジョークであることすら気がつかないという危うさを内包しているから……です。つまり、マジョリティとなり得ない、ということですね。

実際は、「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」です。「エモリ力」や「長州力」「竹内力」あたりは該当しません。

うん、「万歳三唱令」の話だった筈。軌道修正が必要かもですね。また明日!

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