2008年5月3日土曜日

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京ことばってむづかしおす

 


ごめんやす

これまた大昔に NGK、じゃなくて NHK で再放送されていた番組を見ていたのですが、京都市電の廃止について取り上げられた番組でした。京都ネタが繰り返し出てきますが、最近仕事で京都に行くことがやたら多いもんで、ご容赦おくれやすぅ。かんにんどすえ。

もし、「動いている京都市電」を見たければ、広島に行くのが一番てっとり早いのですが(実際に「広電電車」として市内を走り回ってますよ)、当時の京都市電の映像を見て何に驚いたって、長周期の揺れが激しいこと激しいこと。映像で見るかぎり、数秒周期で左に右に揺れ続けているんですよね。横揺れ、すなわち「ヨー」なのですが、もちろんヨーヨー・マやミシェル・ヨーとは関係ありません(そりゃそーだろ)。

ヨーは、

英: yaw - 鉛直軸周りの回転もしくは回転運動のこと。車両・船舶・航空機など輸送機器の分野などで扱われる。ヨーイング。
(Wikipedia 日本語版「ヨー」の項目より引用)

あ、もしかしたら、横揺れの原因はヨーじゃないのかもしれません。でも、ヨーが英語だってことがわかっただけで収穫です(ぉ

自動車に詳しい人なら、「ダンパーとスタビライザーが無くて、サスペンションがふわふわの車」と言えばわかるかもしれません。バネが、縮んで伸びてを際限なく繰り返している状態、ですね。

えろぅせまいどすなぁ

京都市電の路線図を Wikipedia に載せている人がいました。これを見ると、日本初の路面電車路線だった伏見線と、その傍系とも言える北野線を除けば、京都市バスの「循環系統」が走っている路線とほぼマッチします(烏丸線のみ地下鉄化)。

京都市内の市バスは、北大路通・西大路通・東大路通(東山通)・九条通の枠内に限っては、ほとんどが片側 2 車線の道路を走っています(まぁ、千本通りなんかは、片側 2 車線と言えるかどうか怪しいですが)。ところが、50 系統というバスだけ、西洞院通や中立売通といった「せっまい通り」を堂々と走り続けているのですね。

西洞院通には、かの目川探偵の事務所もあります。

50 系統は、京都駅と立命館大学前(衣笠)を結ぶメイン系統なので、利用者も多く、かなり本数も多いバスなだけに、異彩を放っているのですが、これって京都市電(←京都電気鉄道)北野線のルートを、ほぼ忠実になぞっているから、らしいですね。

あついのはかんにんどすえ

ついでに小ネタをひとつ。京都市内の幹線道路としては、国道 1 号線や国道 9 号線があり、どれも道幅が広くて快適な道路です。通りの名前で言えば「五条通」や「堀川通」あたりです。あと、市役所の前の「御池通」も無駄に広いですね。御池通は、川端御池から堀川御池まではとっても広いですが、堀川から西はいきなり片側 1 車線になってしまいます。

また、いずれも過去に市電が通っていたことはありません(堀川通については、四条から中立売までは(通称)北野線が通っていましたが)。つまり、京都の人にとっては、それほど重要な通りではなかったことを指し示しています。東西の通りであれば、五条通や御池通より四条通が、南北の通りであれば、烏丸通のほうがより重要だった、と言えます。

五条通や堀川通りが無駄に広いのは、太平洋戦争のおかげ(?)です。名古屋の 100 メートル道路と同じで、万一、空襲などで大火が発生した時に延焼を防ぐために、無理矢理家屋の接収と疎開が行われた、その名残です。

家々が密集していると、それだけ延焼の危険性が高くなるわけで。隙間を作っておけば、燃え広がることは無いだろう、という発想です。

お写真でもどうどすか

確かに、五条通や堀川通には風情のかけらもありませんが、結果的には東西の道路交通の要になってくれている訳で、まぁ、良かったのかな、といった感じでしょうか。カンのいい人は、西本願寺の前の堀川通にシケインがあることで、不自然さを認識できると思います。

ちなみに、シケインの手前には赤外線式全自動記念写真撮影機もあります。記念撮影されてしまうと、もれなく上納金が必要となりますのでご注意を(笑)。

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