2008年5月15日木曜日

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毀誉褒貶相半ば

 


そんな、時代も、あったねと

父親が県会議員をやっていた友人(中学校の同級生)がいました。某大企業に勤めていて、社会党の公認を受けていたらしいので、つまりは労組の組織票ってヤツに恵まれていた人だったようです(なんと露骨な……)。

80 年代後半でしょうか、ちょうど「売上税」(廃案)とか「消費税」(売上税の名前を変えただけ)とかを導入しようとしていた頃だったかな、社会党が参議院で第一党になったことがありました(前にも書いたかも)。現在の「社民党」の落魄ぶりから考えると、俄には信じがたいのですが、そんな時代もあったのです。いつか笑える日は……来るのでしょうか?

いつか、笑える、日は……来ない?

ちなみに、その友人の家は、議員さんの家とは言え、比較的質素なつくりでした(そりゃ社会党だしね)。玄関にポスターが貼ってあったのを良く覚えています。「原子力船むつを廃船に!」というものでした。

原子力船「むつ」の後ろにキノコ雲が描かれている絵柄が、何とも印象的でしたね。「原子力」=「原爆」=「キノコ雲」という安直な発想が何とも涙を誘いますが、それは今だから言える話。いや、いくら中学生でも、「放射能漏れ」と「原爆」の違いくらいは理解していましたけどね。

「機運」じゃなくて「気運」でしたね

月水金……じゃなくて、「原水禁」という団体?かな?がありました。うむ、正式には「原水爆禁止日本国民会議」というのですね。この手の話題には疎いのですが、「社会党」≒「原水禁」と見做していいのかな、と思います。

「原水禁」の主張は、「核兵器を廃絶しましょう」というのが基本で、ついでに「原子力の利用も一切やめましょう」といった考えみたいですね。世界で唯一、核兵器で攻撃された経験を持つ国民としてはわからないでもないですが、地球のエネルギー事情が悪化の一途を辿っている現状を考えると、むしろ原子力を見直す気運に向かいつつすらあるわけで、「綺麗事の夢物語」というレッテルを貼られても仕方が無いような気もします。

カード・マジック

ま、原子力の平和利用はさておき、「核兵器」も、とても廃絶に向かっているとは言い難いのが現状です。理由は極めて明解で、どの国も「核のカード」が欲しいから、ですね。「核爆弾を持っている」というだけで、「報復攻撃」のリスクが飛躍的に高まるために、下手な手出しができなくなる、というのが「核のカード」の主な使い方?かと思います。

「えっ? いーのかなーそんなこと言ってもぉ。(核爆弾の)スイッチをポチっと押しちゃうよーん。えへっ、えへっ、えへっ」と言われたら、多少のわがままでも聞いてやらないといけない、ということですね。某国バレバレ?)に限った話では無いので念のため。

で、結局、米ソ両大国が核武装を拡大し続けた結果、両国がにらみ合う「冷戦」の構造が形成され、結局、第三次世界大戦が起こることなく今日に至っている、とも言えます。これは、図らずも「核抑止力」というものが実在するという証左になっている、と言えるのではないでしょうか。

都知事でも気象予報士でもなく

「核抑止力」と言えば、石原莞爾は、その代表的な著書「最終戦争論」において、次のような着想を披瀝しています。

最終戦争論とは、戦争自身が進化(戦争形態や武器等)してやがて絶滅する(絶対平和が到来する)という説である。その前提条件としていたのは、核兵器クラスの「一発で都市を壊滅させられる」武器と地球を無着陸で何回も周れるような兵器の存在を想定していた(1910 年ごろの着想)。
(Wikipedia 日本語版「石原莞爾」より引用)

「核兵器」の概念が形になり始めたのが 1930 年代ですから、それより 20 年も前に「一発で都市を壊滅させられる兵器」というものが実現する、という予想を行っていたことも驚嘆に値しますが、「そのような兵器」が実現することで、戦争自体が進化し絶滅する、という発想は、まさに「核抑止力」そのもの、と考えることもできるかと思います。

石原の評価は現在でも毀誉褒貶相半ばしている。
(Wikipedia 日本語版「石原莞爾」より引用)

というのは、まぁ色々と理由はある筈なのですが(笑)、「未来予測」としての「最終戦争論」の出来は、出色であると思います。

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