2008年5月20日火曜日

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楊修は絶望した!か(←どうでもいい)

 


馬から落馬

子供の頃から活字が好きな子供でした。

……なんか変ですね。「子供の頃から子供でした」って、当たり前のような気が。えーと、どうすりゃいいのかな、これって。あ、「子供の頃から活字が大好きでした」にすりゃいいのか。しまった、簡単なことだった(笑)。

写研もいいけどさ

……コホン。もちろん「活字が好き」とは言っても、「やっぱ明朝はモリサワに限る」といったレベルでの「好き」ではなくて(それはそれで凄いと思うけど)、活字だけの書物に親しんでいた、ということです。

初めて、自分で買った「活字だけの本」は池波正太郎だったと記憶しています。次が山岡荘八だったですかね。すんごく渋いセレクションですが、NHK の TV ドラマの原作かなんかだった、と記憶しています。前者が「真田太平記」、後者が「伊達政宗」だったと思います。

その他、父親に新田次郎なんかも買い与えられました。新田次郎は大佛次郎とは別人で(当たり前)、「国家の品格」の藤原正彦の父親にあたります。

TrueType でも PostScript でもなく

さてと。「活字」の話に戻りましょうか。「活字」という単語、英語だと "type" とか "printing type" などと言われます。間違えても "live font" などといった訳は無いのですが、そういえば、この「活」という字、「活発」とか「活躍」とか「活力」と言った、活き活きした躍動感がありますね。

あわてて手元の「新明解さん」を牽いてみました。なるほど、「版印刷用の文型」だから「活字」ですか。では、活版はと言うと……。

【活版】活字を組み合わせて作る印刷版(で作ったもの)。
(新明解国語辞典 第六版「かっ ぱん」の項目より一部引用)

来ました、循環参照(笑)。

ま、言葉の語義(←「屋上屋を架す」例)なんて知ったこっちゃ無いのでこの辺で(← ネタが尽きたと見た)。

ヒロシです

そうそう、「活」で思い出したのですが、「三国志」の主役の一人とも言える、魏の太祖・曹操が、どこかの庭園だったかを見学した折に、あえて感想を述べることなく、門柱に「」とだけ記して去った、という謎かけがありました。

誰もがその意味するところを理解できずにいたところ、確か楊修だったと思うのですが、「丞相(=曹操)は、この庭園は広すぎるとおっしゃったのです」と謎解きをした、というエピソードがあったと思います(なにぶん昔の記憶を辿っているので、間違えていたらごめんなさいです)。

なにゆえ「門柱に『』」で「広すぎる」となるのか。楊修は、これは「」という意味だ、と解したのでした。「闊」の訓読みは「ひろい」ですから、曹操は「広い(=広すぎる)」という感想を残したのだ、という解釈ですね。

絶望した!

「闊」=「門に活」というのは、ある漢字を、漢字の集合体に分解するという考え方ですが、これって「エセ倍角」の考え方そのものだ、ということになるかと思います。あ、エセ倍角とは「糸色 望」みたいなヤツです(え?)。絶望してはいけませんよ。

昔は「エセ倍角の館」という素敵なサイトがあったのですが、なぜか archive.org からも消し去られてしまっているようです。時代の流れとは言え、何とも寂しい話ですね。

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