2008年5月29日木曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

複雑な語彙を恣意的に多用することで、本質的な内容の欠如を補完することが可能であるかを考えてみる

 


続き。都筑じゃないです

イグノーベル賞の栄光の歴史を振り返る第二回です(← 紹介が手抜き)。

次なるセレクションは 2002 年の受賞者から。

2002 年

物理学賞
アルント・ライケ(ミュンヘン大学)

ビールの泡が指数的減衰の数学法則に従うことの立証に対して。
(Wikipedia 日本語版「イグノーベル賞受賞者の一覧」から引用)

おおー、なんだかとってもハイレベルぅな感じがしますが、受賞者がミュンヘン大学のドイツ人(ですよね、きっと)というのがイケてます。やっぱビールとソーセージはドイツに限りますね。

社会派のイグノーベル賞

続けて 2002 年からもいっちょ。

経済学賞
次の会社の重役と団体役員、ならびに監査役。
エン□ン、ラーナウト & ハウスピー(ベルギー)、アデルフィア、国際商業信用銀行(パキスタン)、センダント、CMS エネルギー、デューク・エネルギー、ダイネギー、ガズプロム(ロシア)、グローバル・クロッシング、HIH 保険(オーストラリア)、インフォミックス、K マート、マクスウェル・コミュニケーションズ(イギリス)、リライアント・リソース、レントウェイ、ライト・エイド、タイコ、サンビーム、ウエイスト・マネージメント、ワールドコム、ズィエロ、アーサー・アンダーセン。

ビジネスの世界に数学の虚数概念を応用したことに対して(特記していない企業はアメリカ)。
(Wikipedia 日本語版「イグノーベル賞受賞者の一覧」から引用)

うん、みんな不正会計に手を染めた企業ですよね。「会計に虚数の概念を応用」というのは、確かに画期的でした(笑)。

いなりだけシャリ無し

うむ、この年は豊作だったのか、医学賞も捨てがたい……。

医学賞
クリス・マクマナス(ロンドン大学ユニヴァーシティー・カレッジ)

彼の耐えがたく均衡の取れたレポート、『人間と古代の彫刻における陰嚢の非対称性』に対して。
(Wikipedia 日本語版「イグノーベル賞受賞者の一覧」から引用)

どわっはっはっはっ(笑)。こりゃあ石原莞爾もびっくりですね!

そりゃ、どちらかと言えば

2003 年からは「境界領域研究賞」を。

境界領域研究賞
ステファノ・ギルランダ、リセロッテ・ヤンソン、マグナス・エンクイス(ストックホルム大学)

彼らの必然的な結論の論文、『ニワトリはどちらかというと美人を好む』に対して。
(Wikipedia 日本語版「イグノーベル賞受賞者の一覧」から引用)

「境界領域」、即ち「際物」ってことですね。この領域は確かにイグノーベル賞候補の宝庫のような気がしますが、それにしても、こんな研究で論文が書けるものなんですねぇ……。素直に感心しますですよ。

三次元化が強く求められます。紀尾井町ですから

グローバル・スタンダードの脅威は、こんなところにも散見されます。

2004 年

工学賞
ドナルド・J・スミスと、彼の父、故フランク・J・スミス(フロリダ州オーランド)

ヘアスタイル「バーコード頭」の特許(米国特許 #4022227)を取得したことに対して。
(Wikipedia 日本語版「イグノーベル賞受賞者の一覧」から引用)

やられましたね。

博学な専門的用語の使用は必要性とは無関係なこと

2006 年の文学賞は、身につまされるものがあります。

2006 年

文学賞
ダニエル・オッペンハイマー(Daniel Oppenheimer、プリンストン大学)

彼のレポート、『博学な専門的用語の使用は必要性とは無関係なこと:必要なく長い単語を使用することにおける問題(Consequences of Erudite Vernacular Utilized Irrespective of Necessity: Problems with Using Long Words Needlessly.)』に対して。
(Wikipedia 日本語版「イグノーベル賞受賞者の一覧」から引用)

これは、一種のアンチテーゼなんですが、つまりはこういうことです。

書き方・話し方の入門書では、難しすぎる言葉を使うことは避けるよう薦めているにもかかわらず、大学生の多くは自らを知性的に見せるために複雑な語彙の使用を増やしている。これは複雑な語彙を使用することが本当に知性的に見えるかどうかの実験を行ったレポートであるが、レポートの題名自体が不必要に複雑である。
(Wikipedia 日本語版「イグノーベル賞受賞者の一覧」から引用)

ふむふむ。確かに、複雑な語彙を恣意的に多用することで、本質的な内容の欠如を補完することが可能であるかと言うことを定量的・定性的に追跡を試みた研究が画期的であることは火を見るよりも明らかですが、反面、その意図するところは線形的に反比例関係にあることが実証されるわけでもあり、もはや研究自体の社会に対するインパクトは皆無に等しいことが統計学的に有意であることが示されたとあっては、このような文章を続けても意味がないということで……ブツブツ……

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク