2008年6月1日日曜日

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知の陥穽……無知であるという幸せ

 


「知らぬが仏」

知らぬが仏」という言葉があります。えーと、これは「格言」とでもなるのでしょうか。あ、「ことわざ」でいいのかな。たとえ、どんな腹立たしいことがあっても、そもそもそれを認識することができなければ、腹を立てようが無い、といった意味になるかと思います。

さて、著名な NGO である「国境なき記者団」の「世界報道自由度ランキング」によりますと、2007 年における日本のランキングは 37 位とのこと。久々に韓国よりも上位に来たのは喜ばしいことですが、ボスニア・ヘルツェゴビナナミビアに負けているのは口惜しい限りですね。また、長年に亘って最高得点を記録し続けてきた北朝鮮が、ついに首位(?)の座を明け渡したのも大きな変化と言えるでしょう(代わってワーストにランクされたのはエリトリア)。

ちなみに、2007 年のランキングトップはアイスランドとノルウェーとのこと。次いでエストニアとスロバキアが続きます。非ヨーロッパでランキングがもっとも高いのは、15 位のニュージーランドと言いますから……うーん、これは……と思わないでもないですが、ま、これは本題ではないので不問に付しましょう。

「報道の自由」と幸せのかたち

で、ふと思ったのですが、それでは「報道の自由」が阻害されていないこれらの国に暮らすことが果たして幸せなのか、という疑問が湧いてきました。もちろん、報道が自由に行えるということは、不正の隠蔽が行いにくい風潮がある、ということですから、社会的な公正さは確保されているのでしょう。全体主義的な色彩は極めて少ない、と見ることができると思います。

ただ、世界経済の先行きや原油価格高騰に端を発したエネルギー問題、公害や地球温暖化や阪神タイガースの試合結果に一喜一憂することと、モンゴルの大草原にパオを建ててバター茶を飲む生活の果たしてどちらが幸せか、と考えると、少し考えさせられるものがあります。

例えば、日本の場合、インターネット環境が割と整備されているほうなので、わかんないことがあれば、まず「ググる」ことができます。ググれば、大抵のことはヒットするので、そこから知見を深めることができます。知識を得ることは楽しいものですが、つらい事実を知ることも少なくありません。

墓穴を掘る

「知らなきゃ良かった……」と思うことは、さすがに滅多にありませんが、今、やっていることは果たして幸せなんだろうかと思ったことは、何度かありました。おかしな話ですね。

「知識を深める」という表現があるかと思いますが、これも言い得て妙なのかな、なんて。なんか黙々と穴を掘るような印象があるんですね。掘れば掘るほど真実に近づくのかもしれないけれど、後には戻れないような。で、最後の最後には、自分自身の墓穴になる……なんてね。穴を掘ったことによって生じた残土が、その人の社会に対する功績だったりして、ね。

そこに山があるから」という名言がありますが、そこに穴があるから、掘り進めてみたいと思うのかも知れません。穴の存在を認識しないなら、それはそれで幸せだと思いますし、そこに穴があることを知ってしまったならば、それを掘り続けることが幸せなのかも知れません。

人間なんて……

うん、オチがないですね。どうしましょうか。

そうですね、「知識を得る」ということには中毒性がある、とでもしておきましょうか。古来から学者はみんなジャンキーだった、ということで(ぉ

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