2008年6月5日木曜日

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トランクは黒いのを買いました(実話)

 


鮎川哲也という人は、「黒いトランク」に代表されるような、緻密な論理が結晶化してカタマリになっている……ような気もしますが、どうしてどうして、かなりフザケた……あ、いやいや。稚気に溢れた人でした。

有名なのが「碑文谷事件」の導入部でしょうか。町内の野球大会(「職業別野球」なんて命名も)に出てきたチームが、燃料商のチーム「南海コークス」や瀬戸物商のチーム「松竹ドビンズ」だったり、ほかにも「履物店スリッパーズ」対「揚げもの屋フライヤーズ」だったりと、まぁ人を食った命名なんですね。

南海ホークス」(ソフトバンクホークスの前身)は皆さんご記憶かと思います。「松竹ロビンズ」や「東映フライヤーズ」がさっと出てくる人は、ちょいとしたプロ野球通ですね! プロ野球そのものが「職業野球」と言われていた時代もありました。職業別、じゃなくて。

あ、それから。漫才コンビの名前が「ヘーゲル」と「カント」というのもありました。これ、不覚にも大ウケしちゃいました。ありそうであり得ない、この人を食ったネーミング。ぜひ一度見てみたいものです(笑)。

泡坂妻夫の本名は「あつかわ まさお」

昨日紹介した「影法師」の主人公とも言える「薔薇小路棘麿」というのも、どこぞの落魄した華族のような、大層人を食った名前ですが、これ、実は鮎川哲也のペンネームのひとつなんですよね。あ、「鮎川哲也」もペンネームですけどね(鮎川の本名は「中川 透Nakagawa Toru)。

薔薇小路棘麿について、「影法師」の中では、「一時若い作家の宇多川蘭子が夢中になったという噂もあったが」などと、もっともらしい文章を付け加えていたりもしますが、宇多川蘭子 = Utagawa Ranko = Nakagawa Toru のアナグラム、というオチだったりします。泡坂妻夫も苦笑せざるを得ません(笑)。

ま、万事がすべてこういった感じ……ではもちろん無いのですが、鮎川という人は、得てして文中に「罠」を仕掛けることが多いのです。これは、もちろん読者をたぶらかす……というよりは、フェアプレーの精神に則った「ヒント」である場合が殆どなんですけどね。

油断ならないとはまさにこの事

鮎川の作品だけは、人並み以上に目を通しているつもりの私でも、苦笑しつつ「ひでぇ」と思った作品に最近出会いました。最近、光文社文庫から復刻された「白昼の悪魔」という短編集に収められている「古銭」という短編なのですが、導入部の文章が、謎解きのマスターキー(犯人特定の決め手)になっているんですね。ちょっと長いかもしれないけれど、掻い摘むとネタバレになるので……。

 三月二十六日の早朝だった。
 石神井の住宅街をはずれた藪ぞいの小道を、新聞配達の少年がいそいでいた。小脇にかかえた朝刊のたばはずっしりと重く、まだかなりの量があった。これを一時間以内にくばり終えて朝食をとり、そして近くの高校にかようのが彼の日課なのだった。
 昨夜おそくなって、太平洋沿岸一帯に降りだした雨はすでに止み、黒い土は水分をたっぷり吸って、やわらかく濡れていた。すべらぬよう足もとに注意をしながら、彼は小走りになってゆるい傾斜をのぼった。早く配達をすませて、代数の宿題をやってしまわなければならなかった。
 頭のなかで、彼は因数分解の問題を検討していた。数学の教師は意地が悪く、どういうわけかクラス中でただひとり彼を目の仇にしていじめるのだった。
 少年は、宿題のとけなかったことが気がかりでならなかったのである。

てか、ふつーこんな導入部にマスターキーを忍ばせませんって(笑)。まったく鮎川というお人は良い性格をしてらっしゃる……(にっこり)。

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