2008年6月22日日曜日

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ナチスドイツのどーのこーのについて

 


ニュルンベルク裁判についてのドキュメンタリー番組を、何本か続けて見ました。太平洋戦争については人並みに知識を持てているかな、と勘違いしていたりするのですが、第 2 次世界大戦におけるナチスドイツのどーのこーのについては、「アドバンスド大戦略」くらいしか知りません(ぉ

つーか、「アドバンス」は無いよなぁ。ふつーは「アドバンス」でしょう。「386 エンハンスモード」という悪しき先例もありますが。

スターリン役はやっぱ岡田真澄でお願いします

最初に見たのが、BBC の「お家芸」とも言うべき「ドキュメンタリードラマ」です。3 夜連続での放送だったのですが、あいにく第 2 回を録り損ねていたようで……。ちなみに、第 1 回が「軍需大臣 アルベルト・シュペーア」、第 2 回が「帝国元帥 ヘルマン・ゲーリング」、第 3 回が「ナチ党副総裁 ルドルフ・ヘス」という豪華ラインナップでした。

Wikipedia 日本語版の「BS世界のドキュメンタリー」では、「軍事大臣 アルベルト・シューペア」とありますが、微妙に typo がありますね。直したほうがいいのかな。

推して知るべし

ニュルンベルク裁判について、簡単におさらいしますと、いわゆる「東京裁判」のドイツ版です(ぉぃ)。勝者たる連合国が、敗者であるドイツの面々を裁くという構図でした。この裁判が果たしてフェア(公正)なものであったかは推して後志……じゃなくって知るべしですが、言い出したらキリがないのでこの辺で(お察し下さい)。

初日の「アルベルト・シュペーア」というおじさんは、今回初めて知ったのですが、この裁判にて裁かれる罪として挙げられた「侵略戦争などの共謀への参加」「侵略戦争などの計画、実行」「戦争犯罪」「非人道的犯罪」のうち、「戦争犯罪」と「非人道的犯罪」において有罪とされるも、改悛の情を示したことも幸いしてか、禁錮 20 年の判決を勝ち取ったとのこと。

罪状の表現は、Wikipedia 日本語版「ニュルンベルク裁判」からお借りしました。

功罪相半ば

シュペーアという人は、もともとは建築家で、たまたまヒトラーと親しかったことから重用され、軍需大臣まで上り詰めたとされます。軍需大臣は、兵器生産の責任者ですが、シュペーアの軍需大臣としての功績については、評価が分かれるようです(確かに兵器の増産には成功したが、前任者の敷いたレールの上を走っただけ、という見方もできるとか)。

シュペーアは、ニュルンベルク裁判の被告の中で、唯一、自ら戦争犯罪を認めた、とされます。ヒトラーやゲッベルスは敗戦前後の混乱期に自殺してしまったため、ニュルンベルク裁判には出廷することはなかったのですが、ヘルマン・ゲーリングという大物が被告全員に睨みを利かせる中、自ら進んで罪を認めたシュペーアの行為は、他の被告からすると「利敵行為」「裏切り」「売国奴」に思えたことでしょう。

毀誉褒貶相半ば

前述の通り、シュペーアの刑は禁錮 20 年だったため、1966 年に釈放され、その後もナチスの犯罪行為を批判し続けたと言います。その一方で、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)については「良く知らなかった」との立場を取ったとされます。こういった、腑に落ちない点からも、シュペーアという人物に対する評価も二分されるようです。

どうにもすっきりしない話で、しかも、すっきりしない文章で申し訳ないです。この件についての考察は、明日に回しますね。

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