2008年7月6日日曜日

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親愛なる吉田だが、何か質問ある?

 


保守本流と笑いの本流

アネクドート、では無いのですが、ちょいと笑えそうなネタを拾ったのでご紹介。ネタ元は、先日「白洲次郎」の話題に触れた時にも名前が出てきた「吉田茂」です。

吉田茂と言えば、日米安保体制や、戦後の保守政治の礎を築いた大物政治家ですが、「バカヤロー解散」に象徴されるように、口が悪くて融通の利かない頑固親父、という印象もあります。口が悪くとも機転が利けば、失言も、洒脱なユーモアに早変わり、かも知れないことをお目にかけましょう。

ある日、会いたくなかった客人に対して居留守を使った吉田であったが、その客人に居留守がばれてしまった。抗議をする客人に対して、吉田の返答は「本人がいないと言っているのだから、それ以上確かな事はないだろう」。
(Wikipedia 日本語版「吉田茂」より引用)

良くあるネタですが、吉田の人となりを示す好エピソードかもしれません。

表の意味と裏の意味

これまた基本的なネタですが、GHQ に対する吉田翁の解釈をば。

憲法改正を急ぐ吉田に疑問を呈する議員たちに対して「日本としては、なるべく早く主権を回復して、占領軍に引き上げてもらいたい。彼らのことを GHQ (General Head Quarters) というが、実は “Go Home Quickly” の略語だというものもあるくらいだ」と、吉田らしい辛辣な皮肉をこめた答えを返した。
(Wikipedia 日本語版「吉田茂」より引用)

NSA(アメリカ国家安全保障局)は "No Such Authority" の略だ、なんて話もありますが、この手の「解釈」は昔からあるってことですね。

日本式統計法

またの名を「今も息づく『大本営発表』」。

終戦直後のまだ国民が飢えと戦っていたころ吉田はマッカーサーに「450 万トンの食糧を緊急輸入しないと国民が餓死してしまう」と訴えたが、アメリカ側は結局 6 分の 1 以下の 70 万トンしか輸入できなかった。しかし、餓死者はでなかった。マッカーサーが「ミスター・ヨシダ、私は 70 万トンしか渡さなかったが餓死者は出なかったではないか。日本の統計はいい加減で困る」と抗議した。それに対して吉田は「当然でしょう。もし日本の統計が正確だったら、むちゃな戦争などいたしません。また統計どおりだったら日本の勝ち戦だったはずです」と返した。これにはマッカーサーも大笑いだったという。
(Wikipedia 日本語版「吉田茂」より引用)

これ、個人的には最高にウケました。今となっては、下手なアネクドートよりも笑えます。すごく現実的で、また、知的ですよね。こういった笑いを目指したいところです……。

親愛なる吉田だが、何か質問ある?

そういえば、かのデーモン小暮さんの正式な芸名は「デーモン小暮閣下」でしたね。呼び捨てでも「閣下」。これは画期的。

吉田とマッカーサーは、マッカーサーがトルーマン大統領によって解任され日本を去るまで親密であった。前述のエピソードに示されているが、吉田は「戦争に負けて、外交に勝った歴史はある」として、マッカーサーに対しては「よき敗者」としてふるまうことで個人的な信頼関係を構築することを努めた。その一方、マッカーサーから吉田に届いた最初の書簡を、冒頭の決まり文句「Dear」を「親愛なる」に直訳させ、「親愛なる吉田総理」で始まる文面を公表して、マッカーサーとの親密ぶりを国民にアピールしようとしたが、それを知ったマッカーサーは次の書簡から「Dear」を削ってしまったと言う話もある。
(Wikipedia 日本語版「吉田茂」より引用)

これには「親愛なるレオニート・イリイチ」もビックリですね(気に入ったらしい)。

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