2008年7月14日月曜日

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認めたくないものだな、若さ(ry

 


津山出身のあの人とも無関係です

よど号ハイジャック事件」についてのドキュメンタリー番組を見ました。事件そのものは、昨今の北朝鮮ブーム(違うだろ)もあってか、それなりに知られていると思うのですが、事件そのものの詳細については、私も当時日本にいなかったこともあってか、今ひとつ判っていなかったりします。

軽くおさらいをしておきますと、まず、「よど号」という名前について。「ヨドコウ」だったら、何だか「100 人乗っても大丈夫☆」な印象がありますが、実際には 100 人乗っても大丈夫なのは同業他社の「イナバ物置」なので、これは当てはまりません。また、実際の「よど号」には乗員乗客含めて 147 人が搭乗していたとされ、「100 人以上乗ったのがまずかったのではないか」との指摘は……成り立ちませんね。すいません。

「ヤリキレナイ号」の夢

さて、「よど号」に戻りますが、当時の日航は、保有する飛行機に一機一機愛称をつけていました。ボーイング 727 には、日本の河川の名前をそれぞれつけていたようで、その中の一機が「よど号」でした。つまり、このまま日本の河川の名前をつけ続けていたならば、いずれ「ヤリキレナイ号」あたりが誕生していた可能性もあるわけで、とても惜しいことをしたとの悔恨の念は尽きません(

概要(手抜き)

うん。この調子だと、いつまで経っても本題に進めませんね。いつも通り Wikipedia さんからネタをお借りしましょうか。

概要
羽田空港発板付空港(現福岡空港)行きの日本航空 351 便(ボーイング 727-89 型機、愛称「よど号」)が赤軍派 9 名(以下、犯人グループ)によってハイジャックされた。犯人グループは、北朝鮮に亡命する意思を示して同国に向かうよう要求し、よど号は福岡と韓国ソウルを経由して北朝鮮に到着した
(Wikipedia 日本語版「よど号ハイジャック事件」から引用)

ま、こんな感じの事件でした(← 手抜き)。

Hi, Jacques !

ソ連が崩壊した今だから笑える話ですが、色々なエピソードがあったようですね。

事件直前
赤軍派は、国内での非合法闘争の後方基地(国外亡命基地)としての海外のベースが必要であるとする「国際根拠地論」に基づき、海外にメンバーを送り込む計画を立てていたが、後述する容疑により議長の塩見孝也は、「H・J」と書かれたハイジャック計画に関するメモを持ったまま、3 月 15 日に逮捕されてしまった。当時の公安警察はメモの「H・J」の意味がハイジャックとは気づかなかった
(Wikipedia 日本語版「よど号ハイジャック事件」から引用)

一体何の意味だと思ったのでしょう。「ハッカージャパン」か「邦楽ジャーナル」か「ヒトラーユーゲント」か……(ぉぃ)。意外なところで「ハワード・ジョーンズ」あたりでしょうか。

あ、ちなみに「ベネちゃん」こと「ベネディクト16世」は、若かりし頃 HJ に所属していたそうです。やっぱり、法王も「認めたくないものだな……(ry」などと思っているのでしょうか(何のことやら)。

若さ故の過ち

他にも、若さ故の過ちが散見されます。

田宮らは当初 3 月 27 日に事件を計画していたが、飛行機に乗り慣れていなかったため犯人グループの一部が遅刻し、搭乗し遅れた。その結果、実行は 4 日後の 3 月 31 日まで延期されていた。
(Wikipedia 日本語版「よど号ハイジャック事件」から引用)

「搭乗口には出発の 10 分前までにお越しください」というルールを判っていなかったのでしょうね(笑)。あるいは、そもそも「搭乗手続き」のやり方を判っていなかったか。認めたくないものですね、若さ(ry

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