2008年7月20日日曜日

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「朝鮮芸能社」の悲哀

 


モデルは「京都産業大学」じゃないかなぁ

「帰化人」あるいは「渡来人」について、今日もだらだらと考えてます。講師は中洲産業大学の……(もういい

向三軒両隣

皆様もご存じの通り、日本は大小無数の島から成る「島国」です。一部は吉幾三が追いかけ続けている「雪国」ですが、それは全くどうでもいい話ですね。ただ、日本列島はハワイのような絶海の島嶼ではなく、西は対馬海峡を挟んで朝鮮半島と、南は南西諸島を経て台湾・フィリピンと、北は樺太・間宮海峡経由で沿海州北部と、東は千島列島を経てカムチャツカと繋がりを持っています。

古代における日本列島へのルートは、大別すると、前述の 4 つに集約されると言えます。実際、私たちは「モンゴロイド」と総称され、ユーラシア大陸東部にその起源を持つとされますが、文化人類学的見地からは、ポリネシアやミクロネシアといった、南方海洋系民族からの影響も捨てがたい……ような気がします。ま、要するに、朝鮮半島経由の「西ルート」だけが優勢で、他は取るに足らない、とする仮説は却下したいな、という思いがあるわけでして。

海外いいとも青年隊

とまぁ、恐ろしくも回りくどい前説が続くわけですが、なんだかんだ言って、今日の日本があるのは、朝鮮半島経由でいろーんなものが入ってきたことが大きい、ということは否定できません。まぁ、否定してどうなるものでも無いんですけどね。

そんなわけですから、「日本は『もらう側』の国だから、『帰化』なんて表現は相応しくない」という論調が出てくるのだと思います。確かに、「帰化人」とされた人の中には、今で言う「海外いいとも青年隊」……じゃないや、「青年海外協力隊」のような志でもって未開国「日本」にやってきた、そんなケースも少なくなかったんじゃないかなぁ、と。

飼い犬か、窮鼠か、それとも……

ただ、こと朝鮮半島と日本列島に限っては、何度か力関係が逆転したことがありました。いや、「逆転した」と思っているのは日本人だけかもしれませんし、逆に「逆転したことは無かった」と思っているのは韓国・朝鮮人だけかもしれません。なぁんとなく後者のほうが正鵠を射ているような気がしますが、ここはあえてスルーの方向で……。

まぁ、「白村江の戦い」「文禄・慶長の役(壬辰倭乱)」「日韓併合」などの歴史的事実は否定すべきではないのですが、もともと「日本人に文化を授けたのは自分たちだ」という自負があるからこそ、「飼い犬に手を噛まれた」ような、やるせない気持ちになるのでしょう。

芸能界は浮き沈みが激しいですしね

少し、譬え話をしましょうか。音楽業界のドンの庇護の元、演歌歌手のプロデュースで生計を立ててきた「朝鮮芸能社」という会社がありました。無名の演歌歌手「日本」を発掘して、下積みから面倒を見てあげました。ところが、演歌歌手「日本」は成功を重ねるうち、だんだんと「朝鮮芸能社」を蔑ろにするようになります。

やがて、演歌歌手「日本」は独立して「日本プロダクション」を設立。中世から近世にかけては、どちらも邦楽の保護・育成に注力しますが、やがて「日本プロ」は海外メジャーの圧力に屈し、洋楽の取り扱いを開始。一気に急成長を遂げ、ついには「朝鮮芸能社」に敵対的買収をしかけ、あっさりと成功させてしまいます。

こうやって考えると、「朝鮮芸能社」の人が憤懣やるかたなくなるのも理解できますね。ただ、あっさりと敵対的買収を食らうあたりは「ワキが甘い」とも言えますし、時価総額を高めることを怠ったツケ、とも言えます。屋台でくだを巻いて「アイツはねぇ、オレが育ててやったようなもんなのよ。なぁのにあの恩知らずは……」と毒を吐いても、後の祭りの吉田拓郎なわけです(違うと思う)。

うん、眠くなってきたので続きはまた今度……。

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