2008年8月6日水曜日

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自明と思われる事象の証左となる新発見が示すものは何か?

 


「自明と思われる事象の証左となる新発見には、二通りの考え方がある」なんてことを、ふと思いました。メタミドホスがどーのこーのとか、その辺の話題に呼応する形で、ふと。

ちなみに、「二通りの考え方」ですが、一つは「そのまんまの場合」、もう一つが「ヤラセである場合」です。つまり、相反する選択肢が出てくるわけなので、公理としては全く意味を成さないワケですが……(←

自明と思われる事象の存在自体が自明ではない

まぁ、そもそも、「自明と思われる事象」という存在そのものが論理的に成り立つのか、という概念的な問題を考え始めると、ヘーゲルとカントが漫才を始めてしまいそうなので、ひとまず置いておきましょうか。

えーと、そうですね。誰もが「あったりまえじゃん」「あたりみゃーだがね」「あたりまえやがな」「No doubt !」と思っている事柄があったとします。その事柄の信憑性を補強する新事実は何を物語るか、ということになります。……譬え話だと、どうもうまくいきませんね。えーいっ。

毒物混入犯を論理的に導き出すことは可能か?

ある食品会社が出荷した冷凍ギョーザから、毒物が検出されたとします(←そのまんま)。その後の調べで、当時その食品会社に勤務していた従業員の自宅から、同じ毒物が発見されたとします。この「発見」が指し示すものは何か? ということです。

可能性は(私が思うに)二つ。一つは「その従業員が毒物混入犯人である」可能性(つまり「そのまんま」のケース)、もう一つが「その従業員が毒物混入犯人であるかのようにミスディレクションさせられた」可能性(つまり「ヤラセ」のケース)です。では、果たして「ヤラセ」の有無は証明できるのでしょうか?

孤独の美学

「論理学」という学問があります。Positive Thinking よりも Logical Thinking が好きなわたくしですが、それはさておきましてですね……。

論理学(ろんりがく)とは、論理を研究する学問の事を指し、また、論理とは思考の法則、思考のつながり、推理の仕方や論証のつながりのことである。 よく言われる「論理的に話す、書く」という言葉は、つながりを的確に、論証を的確にということである。


この論理を研究する論理学は、昔は哲学の一分野であった。現在では数学的性格がより強い論理学(記号論理学、または数理論理学)と、記号論理学でない論理学とに分化している、と言える。

記号論理学に属する論理として例えば命題論理、述語論理、様相論理、直観主義論理、量子論理がある。 記号論理学は論理を単なる記号操作として扱う事に特徴があり、記号操作で表せないものは記号論理学では決して扱うことができない。 たとえば、帰納法を記号論理学は定式化できない。

弁証法なども、「論理」なのであるが、論理学における論理とは異なる。これらは、論理と言うよりむしろ理論である。
(Wikipedia 日本語版「論理学」より引用)

「論理学」も「哲学」も、ついぞ大学では学ぶことが無かったのが悔やまれる限りですが、大学に入りたての頃は、ある意味では今以上にバカだったので、しょせん無理な注文だったのかもしれません。それはさておき。

アリストテレスの三段論法

この論理を研究し、論理学という学問を形にしたのはアリストテレスとされている。アリストテレスはギリシャ語で言語、論理を意味するロゴス(λόγος logos)から「ことば」の学としてのロギカ(ギリシア語の形容詞 λογικ logica)を構想した。現代のヨーロッパ各国語で論理学を意味する語はみなこの語に由来する。アリストテレスは「大前提」、「小前提」、「結論」という三つの命題の組み合わせによる推論規則としての三段論法(gr. syllogismos)について講述した。
(Wikipedia 日本語版「論理学」より引用)

うん、なんかこの辺だったら、まだちょびっとは理解できそうな気がします。気がするだけですけど。(←

長いので続きます。

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