2008年8月15日金曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

「竹田の子守唄」と「悲惨な戦い」

 


6 年前と比べてサービスの質は低下したか

そうそう。MK タクシーだったと思うんですが、「タクシー業界への規制強化反対!」とのことで、車内に意見広告?を出していたのが印象的でした。曰く、「6 年前と比べてサービスの質は低下したか」というもの……だったでしょうか。

MK タクシーと言えば、「規制緩和」の申し子……というよりは、生みの親……というのも相応しくないのですが、とにかく、タクシー業界における、数々の革新的な施策で有名な会社です(施策の是非はともかくとして)。ですから、小泉某なるタレントの父親が譫言のように繰り出した「規制緩和」という策(「政策」とは呼びたくないですね。「愚策」のほうがぴったり?)は、基本的に歓迎していたと思われます。ただ、その結果、都市部ではタクシーの数が増えすぎてしまっていることも、皆さんお気づきのことと思います。

6 年前と比べて手取り給与は低下したか

タクシー運転手の給与は、売上高に比例して支払われるのが一般的ですから、タクシーの数が増えすぎてしまうと、一台当たりの売上が下がるのは当然のなりゆきです。タクシー運転手の平均所得は、6 年前と比べて下がっていても不思議はありません。って、ごくごく当たり前の話になっちゃってますね(笑)。

Wikipedia の「エムケイ(タクシー会社)」の記事を見るとわかりやすいのですが、「規制緩和」って、タクシー会社にとっては歓迎すべき施策ですが、ドライバーにとっては最悪な話なんですよね……。こういった話を見聞きしてしまうと、ドライバーの本心では無いにもかかわらず、会社の都合で「規制緩和」への肯定的な意見を募らされている……ように思えて、とっても気の毒に思えてきます。

あ、エムケイがダメな会社だと言っているつもりは更々無いのでお間違えなく。多かれ少なかれ、どの大手タクシー会社も似たようなところがあるでしょうから。

ま、何にせよ、世知辛い世の中なのは間違いないですね……。む、いけませんね。なんか話が暗い方向へまっしぐらのような……。

「竹田の子守唄」と「悲惨な戦い」

尺も足りないので、微妙に昨日の話題の続きを。「エルイン京都」は「竹田街道八条」という交差点の近くにあります。「竹田街道」と言うわけですから、「竹田」へ向かう街道なのですが、この「竹田」は、「竹田の子守唄」で有名なところだったりします。

私が「竹田の子守唄」を初めてマトモに聞いたのが……リチャード・クレイダーマンのリサイタル(を放送していたもの)というのが何とも……なのですが、どうやら、

概要

この民謡・歌曲が注目されたきっかけは 1969 年にフォークグループの赤い鳥が演奏したことである。しかし、そもそもは住井すゑの『橋のない川』が舞台化される際、音楽担当であった尾上和彦が被差別部落の一つである京都の竹田地区で採集した民謡を編曲して使ったもので、それが竹田地区の部落解放同盟の合唱団のレパートリーとなり、フォーク歌手たちにも広まったと考えられている。

後に赤い鳥はこの楽曲をシングル・カットしてミリオンセラーとするが、被差別部落絡みの楽曲であった為に日本の放送局はこの楽曲を放送したがらなくなり、いわゆる「放送禁止歌」(封印作品)として長い間封印されることになった。1990 年代に封印は緩和され、赤い鳥の解散後に結成された紙ふうせんを始め、多くの歌手によってカヴァーされている。
(Wikipedia 日本語版「竹田の子守唄」より引用)

という事情が大きいのかもしれませんね。あ、引用長すぎますか。

いわゆる「放送禁止歌」(封印作品)として長い間封印されることになった。
(Wikipedia 日本語版「竹田の子守唄」より引用)

ということです。つまり、なぎら健壱の「悲惨な戦い」と同じ扱いということですね(←

PPM の「悲惨な戦争」となぎらの「悲惨な戦い」、一文字違うだけで変わるものですね(笑)。

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク