2008年9月24日水曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

第35回「消えた『一万五千人』」

 


まぁ、雄別炭鉱の跡が跡形もなく消え去っていることは、ある程度想像がついていたので、まぁ(2 度目)そんなに驚くことは無かったのですが、予想を超えるペースで自然に還っていたのには、さすがに驚きました。

当時、戦後最大の炭鉱会社大手の倒産であった。

雄別鉄道の終点である鉱業所のおかれていた雄別地区(人口 15000 人)は閉山とともに他に雇用の受入先もなく人口が消滅した。このため役所、警察、郵便局、病院、映画館、小中学校、寺、神社などすべての都市施設が数ヶ月で停止閉鎖され、商店街は廃業、または阿寒町市街地や釧路市への移転を強いられた。雄別炭鉱の倒産業務に携わる社員以外、住民は全く姿を消し、閉山後数年で市街地は無人地帯と化した。また、尺別炭鉱のある音別町では、新尺別地区の住民の集団移転を行い、新尺別の町営住宅など各種施設を放棄し、公務員である職員の解雇を実施した。

資金繰りが原因でのあまりに突然の倒産であったため、地元自治体は築後 1 年も経過していない公立学校の校舎や公民館施設などを放棄することになったほか、地元住民の住宅の所有者が雄別炭鉱会社であったため、倒産後一方的に住宅を解体され生活の場を失うなど、地域住民の生活は一時的にパニックにおちいり悲惨な状況におかれた。
(Wikipedia 日本語版「雄別鉄道」より引用)

とまぁ、こういう訳だったわけです。「雄別炭砿記念碑」には「三千有余の従業員」とありましたから……、そうか、そこにはその家族と、住民のための産業もあった筈なんですよね。こんな静かな山あいに、一万五千人もの人が暮らしていたなんて、ちょっと想像はできないですね……。うーむ。

人生、投げたら……

そんなわけで、「夢の跡」すら緑に還りつつある雄別を後にして、再度阿寒湖に向けて走り始めました。程なく阿寒湖についたのですが……、うっ、うっわぁー……。

ちょっと車を止めるだけでカネを取られそうな、何とも「俗」な「観光地」なんですねぇ……。この手の趣向は性に合いません。写真のひとつも取らずに、完全無視でスルーを決め込みました。うむむむむ……。

阿寒湖を過ぎ、国道 240 号が、ふたたび国道 241 号と分岐する交差点に差し掛かりました。国道 240 号を直進すると、釧北峠を越えて北見相生に。左折して国道 241 号に入ると、足寄峠を越えて足寄に向かいます。

そして足寄は広かった

足寄は「あしよろ」だと思いがちですが、正確には「あしょろ」です。北海道には「庶路」なんて地名もありますが、足寄の語源は esoro-pet(エそロ-ぺッ)なんだとか。「~に沿って下る川」なのだそうですが、何に沿うのかわからないですね。

足寄峠を越えると、そこはすぐに足寄町。「なぁんだ、意外と足寄って近いじゃん」と思ったのも一瞬で、それは恐ろしく勘違いしていたことを思い知らされたのでした。そう、足寄町と言えば、つい最近まで日本一広い自治体としてその名をとどろかせていた、何しろ「広~い町」なのですね。足寄町だけで、香川県の全面積の 75% に等しいと言いますから……おわかりでしょうか。

足寄峠から、足寄町の中心街までは約 46 km。車でも 1 時間近くかかる計算になります。

そんな足寄町で見かけた看板をひとつご紹介。


なんともほのぼのしたキャラですが、これ、足裏をモチーフにしてるんですよね?(笑)

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事

    スポンサーリンク