2008年10月28日火曜日

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善悪の概念はハタチで芽生えるものではない

 


未成年犯罪者の実名報道で何が変わるか、という話の前に……。あう、今日も時間が……。

ペンネーム不可

ではでは、まず「実名報道」について。

実名報道じつめいほうどう)とは、マスメディアなどがある事象を報道する際、関係者や情報提供者の実名、あるいは関係する団体名を明示すること。報道の正確性の向上や公権力の監視を行うために必要不可欠なものと従来考えられてきた。

日本では少年法において、家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者を実名報道を含めて人物の特定が可能な情報を伝えること(推知報道)を禁じている。

この規定について様々な論議があるほか、一部の週刊誌などではあえて少年法の趣旨に反して実名を伝える報道機関もある。
(Wikipedia 日本語版「実名報道」より引用)

実名報道の例?

なるほど、例えば「よど号ハイジャック事件」においても、一部の容疑者の名前だけ匿名で報じられるのは……あれ?

犯人グループ
北朝鮮に渡った犯人グループらはメディアから「よど号グループ」と呼ばれている。犯人グループは一時的には「世界革命を進める同志」として北朝鮮政府から手厚い歓迎を受けたが、当時の世界情勢から照らし合わせても荒唐無稽と思われる「北朝鮮の赤軍化」という目的は即座に否定され、一方で主体思想による徹底的な洗脳教育を受けたと言われている。

その後、吉田金太郎、岡本武、田宮高麿の 3 名が北朝鮮国内で不審な死を遂げている。また柴田泰弘と田中義三の 2 名は日本で裁判を受け、刑が確定している。現在北朝鮮にいるのは小西隆裕、魚本公博、若林盛亮、赤木志郎の4名。
(Wikipedia 日本語版「よど号ハイジャック事件」より引用)

あれ? なんか全員名前が出ているような……。

実名報道の歴史

どうも、以前は「世間を震撼させるような大事件」を起こした場合は、実名報道に踏み切るケースが少なからずあったようですね。

1958 年 8 月に起きた小松川高校女子生徒殺人事件でも、未成年であった犯人(および被害者)が実名で報道された。この事件を受けて日本新聞協会は最高裁側と協議を行い、同年 12 月に「少年法第 61 条の扱いの方針」を定めた。すなわち、犯人が逃走中の場合など社会的利益の擁護が強く優先する場合を除いて原則として 20 歳未満の非行少年については推知報道をすべきでないとした。

その後も浅沼稲次郎暗殺事件や連続ピストル射殺事件などでは未成年である容疑者の実名が報道されたが、1970 年代になると非行少年に対する実名報道は見られなくなった。
(Wikipedia 日本語版「実名報道」より引用)

そう、日本社会党委員長の浅沼稲次郎が演説中に、当時 17 歳の少年に公衆の面前で刺殺されるという事件がかつてありました。ちなみにその少年は、鑑別所で首吊り自殺を遂げたのですが、「事件の重大さから」名前が公表されたとされます。

ただ、少年法による「実名報道の禁止」は、あくまで公訴を提起された者の氏名の明示を禁じているだけで、逮捕者や指名手配者の実名報道は禁止していない、との解釈もあります。まぁ、ものは考えようだということですね。

善悪の概念はハタチで芽生えるものではない

光市母子殺害事件に話題を戻しますが……。被害者の氏名が開示されているのに、加害者は少年法によってプライバシーが守られている、という図式が、しばしば不公平であると言われます。「臭いものに蓋」ではありませんが、最近は「被害者の氏名も開示しない」という、まるでイニシャルトークのような報道も散見されるのですが、確かに「そっとしてやってほしい」という被害者側の心境に配慮することも必要でしょう。

ただ、今回の事件のように、被害者側が公の場で「戦う」姿勢を見せている場合で、かつ、被告の少年が重大な罪を犯している場合は、適宜公開するような仕組み……というか前例を作れないものでしょうか。被害者がプライバシーを晒される一方で、匿名報道に守られた「元少年」が、ひっそりと「更正」するという図式は、あまりに公正を欠くように思えてなりません。

重大な罪を犯した被告の家族が「村八分」にされるのは、その善悪は別として良くある話です。ハタチに達しているか否かで「世界が変わる」というのは……、確かにタバコやお酒や選挙権など、与えられるものも少なからずあるので理解できなくも無いのですが、「善悪の概念」はハタチ以前に培われている筈なので……。

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