2008年12月7日日曜日

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何にでも合うオチに合う伏線のはなし

 


何にでも合う食べ物のはなし

何にでも合う食べ物ってありますよね。多串くんにおけるマヨネーズとか(← いきなりか)。まぁ、マヨラーさんやヒムラーさんは置いといて、その……ほら……アレですよ……アレ? 意外と出てこないものですね? 辛子明太子なんかだと、白米との相性は抜群ですが、クリームシチューと合うかと言われるとびみょーだし。うーむ。

ちょっぴり気を取り直して。

何にでも合う下の句のはなし

どんな狂歌にも合う下の句ってありますよね。「それにつけても 金の欲しさよ」ってアレです。少なくとも「フォボス ダイモス カイパーベルト」よりは使い勝手は良さそうです(←

というか、「フォボス ダイモス カイパーベルト」でどんな狂歌ができるのか、むしろ気になったり。:)

何にでも合うオチのはなし

で、少し本題に近づくのですが(ぇ)、どんなフィクションにも使えるオチ、というものもあります。皆さんもよーくご存じかと思いますが、「夢オチ」という形ですね。有名な、都市伝説化した「夢オチ」として、「ドラえもんの最終回」というのがありました。全てはのび太の夢物語だった、というものです。

実際にちょっとやってみましょうか。

無謀とも思える突撃を敢行し、家康の首級を挙げるべく本陣に迫った幸村であったが、あともう一歩のところで家康を取り逃がしてしまった。「もはやここまで」と観念した幸村は、大阪城に向かって一礼した後、いずこへとも知らず姿を消したのである。爾来、幸村の名は歴史の表舞台から消えたのであった。

というのは実はすべてのび太の夢の中で紡がれた、壮大な夢物語だったのである。

もちろん、別のパターンもあり得ます。

シャルドネ公爵がバルベーラを残したままピノ・ノワールを去ったことは疑いも無き事実であった。バルベーラは幼き息子マルベックの中にシャルドネ公爵の面影を見いだしつつ、二度と戻ることのない公爵の姿を追い続けたのだった。

というのは実はすべてのび太の夢の中で紡がれた、壮大な夢物語だったのである。

ああ、なんと便利なことか(← 無理がありすぎる)。

何にでも合うオチに合う伏線のはなし

で、よーやく本題です。「涼宮ハルヒの憂鬱」なんですが、無意識下のうちに世界を思い通りに操ることができる「ハルヒ」と、それに振り回されるごくふつーのいっぱんじんである「キョン」の物語だ、と見て取れるかと思います。

ただ、面白いのが、「ハルヒ」の登場によって「キョン」が否応なく足を踏み入れることになった「宇宙人」や「未来人」「超能力者」に囲まれた生活が、実はかつての「キョン」が望んでいた生活でもあることが、導入部で明らかにされているという点です。つまり、世界を思い通りに操ることができるのはハルヒの能力ではなく、キョンの能力である可能性が留保されている、ということになります。

もちろん、こんな陳腐なオチは死んでも使いたくないでしょうが……。もし、ホントにこんな形で落とされたら、色んな意味で最悪ですしね……。

なーんてことを思いました(まる)。ありきたりなネタですんませんです。

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