2008年12月19日金曜日

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「ちょんまげ頭」という発想の転換

 


写楽をさがせ

謎の浮世絵師「東洲斎写楽」の正体は誰か? という番組を見たのですが、まぁ、それはさておき(さておいたか)。

東洲斎 写楽(とうしゅうさい しゃらく、正字体:東洲齋 寫樂、生没年不詳)は、江戸時代の浮世絵師である。寛政 6 年(1794 年)に出版が開始された後、確認されている錦絵作品は、およそ 10 ヶ月の期間内に集中しており、その後の消息は不明である。
(Wikipedia 日本語版「東洲斎写楽」より引用)

とまぁ、そんなわけです。写楽の正体を云々するのは本筋ではないので、この辺にしておいて。

リーゼントのようにも見えますが、それは間違いです

写楽の作品の中でも、おそらくもっとも有名なのが、三代目大谷鬼次が演じる「江戸兵衛」の肖像画かと思います。どう見てもデッサンをミスったとしか思えない、奇妙な形で両手を突き出しながら見得を切っているアレです(わかりませんって)。頭頂部が、まるでイガ栗のようになっているのが目を引きます。

もともと「江戸時代」には全く興味がないもんで、江戸の風俗もさっぱりわからないのですが、この「イガ栗状のあたま」は、本来きちんと剃り上げていた頭をそのままにしたせいで、髪の毛がぼーぼーに伸びてしまった、ということなのだそうです。つまり、「江戸兵衛」の頭は「ボサボサ頭」だった、ということになるのだとか。頭髪の寂しい人には羨ましくもある話です。

「ちょんまげ頭」という発想の転換

で、ふと気づきました。「ちょんまげ頭」というものは、生え際が後退する形で禿げていった人にとっては、とても自然なのではないか、と。若い頃はこまめに剃り上げたりする必要があったかも知れないけれど、禿げ上がってしまったならば、むしろメンテナンスの手間が省けて便利なのではないか、と。

禿げるまではこまめなメンテナンスが必要だけれど、いったん禿げちゃえば後は楽チン(死語?)という……。この大胆な発想の転換。リスクマネジメントの真髄を見たというのは言い過ぎでしょうか(明らかに言い過ぎです)。

んとまぁ、そんな訳のわからない感心の仕方をしたのでした。肝心の「写楽の正体」なんて、はっきり言ってどーでもいいくらいに(ぉぃ)。

ま、そゆことで

うん、短いですね。まぁ、たまにはこんな日もあります。あ、明日には家に帰るので、また「立山黒部アルペンルートの旅」でも更新しますかね。

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