2009年2月23日月曜日

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簒奪と投資と発展と……五族協和、王道楽土の幻

 


今日はネタもほどほどに、いつになく短く……。あれ? 意外とだらだらと書いちゃったな。:p

ジョンイルからの伝言

えーと、北朝鮮って相変わらず食糧事情は宜しくないみたいですね。食糧がそもそも無いのか、それとも分配のメカニズムに問題があるのか。まぁ、国力に相応しくない軍事力を維持するのに必死で、食糧なんかにカネを使ってられっか! ってところなんでしょうが、これで半世紀の間クーデターが起こらずにやってこれたというのも不思議としか言い様が無いような……。その片棒を「日本からのお金」が担いでいるとも言えそうですけどね。

ただ、ふと思ったのが、朝鮮半島を南北に別けてみると、やっぱ南部の方が(どちらかと言えば)肥沃なような気がしてきます。というか、北半分は「不毛の大地」のような印象を持ってしまうのは、やっぱ先入観というものでしょうか。

鴨緑江のダムって日本製なんですよね?

1910 年の日韓併合後、1945 年に日本が敗戦するまでの間、日本が朝鮮半島に投資した額とその水揚げを比較すると、投資額のほうが大きかった、なんて話も耳にします。事の真偽は私にはわかりませんが、正しいと仮定しても決して不自然ではありません。まぁ、その投資がどれだけ半島の近代化に使われたのか、真相はさらに藪の中なのでしょうが……。

何となくですが、「○○の一つ覚え」のように、もう少しマシな言い方をすれば「愚直に」、「日本式」を推し進めようとしたんじゃないかな、なんて想像も膨らみます。「郷に入れば郷に従え」という、エキゾチックジャピャーンなナイスな格言があったにも関わらず、ね。

大日本帝国、持ち株会社化?

で、「併合」という「直轄方式」に限界を見て取ったのか、満州(現在の「中国東北部」)を掠め取った際には、「傀儡国家」を建国するという、少しばかり近代的な手法にトライしたわけで……。これは、実際の所はどうだったのでしょうか。ええ、「建国」してから崩壊するまでが十数年しか無かったので、後世からは「悪い冗談」という扱いになりつつあるわけですが……。ああ、南ベトナムといい勝負かも知れません。

「満州国」と言えば、映画「ラスト・エンペラー」のあの国で、自称「五族協和」「王道楽土」の国……だったかな。調べりゃわかるんですが、今日は下調べ無しで一本書いてみようと無駄な努力を続けているので……。甘粕正彦が映画でウッハウハとか、東洋のマタ=ハリがどうのとか、千葉マリンスタジアムの最寄り駅は海浜幕張とか、なんかそんな感じ(どんなだ)であーだこーだと……。

簒奪と投資と発展と

主にイギリスの移民が建国したアメリカ合衆国と同じように、日本の移民?が建国?した満州国は、そのまま素直に発展していたならば、アメリカ合衆国なみのポテンシャルを持っていたはずだ、なんて面白い説もあるみたいですね。冷静に考えると、地下資源はそれなりにあるかも知れないけれど、大地はとても肥沃とは言えず、国力という意味では微妙な気もしますが、大国の資本がどっかーんと落ちて開発が進んだら……という仮定でしょうか。1980 年代の香港ばりの発展を遂げていた可能性も無くは無いかも……。

満州国は「日本の傀儡国家」と言われることが多く、そしてそれは事実だとも思うのですが、そんな「満州国」を承認した国家が三十数ヶ国あったというのは意外な話ですね。ハンガリーやクロアチアとかフィンランドとかの枢軸国だけでは無かったそうで。いや、満州国の成立を正当化する意図は更々なくて、歴史的事実を淡々と語りたいだけです、はい。

今日の記事は下調べ無しで書いているので、明白な事実誤認やケアレスミスがあるかも知れません。ご注意くださいませ。

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