2009年3月17日火曜日

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スチューデント・アパシー

 


さいとう たまき さん

最近は、Web なんかの記事でもなかなか面白いものが増えてきました。もちろん、愉快犯のような、無駄に扇情的なだけのつまらない文章も多いのですが、中にはグッと来る文章(あるいはコメント)を寄稿してくれる人もいるわけで……。斎藤環さんについても、多分どっかの Web で見かけたのだと思います。

プロフィールを調べてみると医博でらっしゃる由。自分は決して肩書きに弱い人間ではないのですが、「医博だ」と言われると「やっぱりね」と思ってしまう自分がいることも事実で。まぁ、「お医者さん」や「大学の先生」の中にもロクでもないのがいるのもまた然りなのですけどね(← あ、断言した

Be valuable or not be valuable, that is the question.

これは私の悪い癖なんだと思うのですが、「(この人は)信用できるか」あるいは「信用できないか」を割と早い段階で見切ってしまうところがあります。「敵か」「味方か」ってのもそうですね(笑)。もちろん、第一印象で決めつけたりはしませんし、そもそもそんな直観力は持ち合わせていないわけですが、ある程度見ていると、その人の本質が見えてくるものです。

学者さんの場合も同じで、たとえ「○○博士」であってもダメな人はダメなわけで(笑)。特にマスコミウケの良い「学者さん」はダメな人が多いですね。「本物」か「偽物」かを断じた場合、かなり多くが「偽物」に分類される筈です。例えば最近やたらテレビに出てるあの人とかね……(誰だよ)。

自室に引きこもって「社会的ひきこもり」を読む

そんなわけで、斎藤環の「社会的ひきこもり」を読み進めています。寝床で横になりながら読んでいるので、進み具合はあまり思わしくないのですが、内容は素晴らしいです。いや、まだ 2/5 しか読み進めていないのですけどね(笑)。著者は学者、あるいは研究者として誠実たらんとする姿勢が手に取るように見えて好印象です。

読み終えてもいない本に対して書評ライクなものを著すのは、さすがの私でも気が引けるのですが、「スチューデント・アパシー」についての一節が気に入ったので、さっそくネタにさせてもらいました。

Student Apathy

ちょーっと長いけれど引用してみましょうか。

 笠原嘉氏は、うつ病とスチューデント・アパシーとの鑑別に関して、帝京大学の広瀬徹也氏のいわゆる「逃避型抑うつ」など、関連性のある診断名についてふれながら、うつ病と異なるスチューデント・アパシーの特徴として、次のような点をあげています。
 a. 抑うつ感、悲哀感、罪責感が欠けていること
 b. 自律神経症状、睡眠障害、(うつ病にみられがちな)気分の日内変動が欠けていること
 c. 二次的にはうつ状態になりうるが、それが主な感情ではないこと
 d. 他者の助けを求めないこと
 e. 生活全般にわたり、活動性の低下がみられるわけではないこと
 またスチューデント・アパシーの概念を唱えたウォルターズの指摘によれば、スチューデント・アパシーの事例は、うつ病患者のように「外界から愛をむしりとるようなことはしない」といいます。スチューデント・アパシーの事例はむしろ、「外界は自分の欲するものを含まない」として拒むことが多いというのです。この点は、社会的ひきこもり事例一般にもあてはまる指摘といえるでしょう。
(斎藤環「社会的ひきこもり」PHP 新書 P.77~78 より引用)

うーん、今から思うと、結構当てはまっているような気もしないでもない……。ま、私の場合、家庭の事情もちょっとアレでナニだったというのも大きいとは思うのですが。

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