2009年5月1日金曜日

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わりと感じのいい,たのしい本である!

 

それでは、昨日にお約束した通り、「知里真志保先生大いに語る」をお送りします。ネタ本は「アイヌ語入門 ─とくに地名研究者のために─」北海道出版企画センターです。

バチラーさんの辞書はいたずら好き

まずは、アイヌ語研究の偉大なる先達でもあるジョン・バチェラーについて。

この人もまた,「マ」は「小島」の意味だと主張するにあたって,バチラーさんの辞書を援用している。けれども,「マ」に「小島」や「半島」の意味があるとしたバチラーさんの記述こそ,実はまったくのでたらめだったのである。バチラーさんの辞書は,往々こういういたずらをしかねないのだから,くれぐれも用心してかからなければならない。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
つまり、バチェラー氏の辞書はでたらめだらけ、と断じているわけですね。

同僚(先輩)だって一刀両断

続いては、河野広道・北大農学博士がやり玉に挙がります。河野氏も、当時はアイヌ語の碩学として結構名の知れた存在だったそうですが……。

けれども,K氏ていどのアイヌ文法の知識では,‘us’にこのような用法があろうとは夢にも思わず,かえって私の方がまちがっているのではないかと疑うのもむりはない。(だからシロートはコワイ!)。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用) ※ 強調も原著者による

シロートはコワイ!」と来ました(笑)。この名文句は、この本の中に何度か出てきた記憶があります。

恩師が絶賛しようと知ったことではありません

知里真志保の恩師である金田一京助が「本当に血の出るような本である」と賛辞を贈っている、永田方正の「北海道蝦夷語地名解」についても、当然ながら知里の舌鋒は容赦しません。

永田氏の地名解には,鳥の名だという地名が幾つも出てくる。
(中略)
ざっと,マアこんなぐあいである。しかし,「シペッ!」とか,「チパイ」とか,「ト゜ピウ」とか,「チパシリ!チパシリ!」とか,まるで蝦夷語地名解を書く人のために鳴いているような鳥が,はたして実在したかどうか,すこぶる怪しく思われるのである。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
あははは(笑)。確かに、「そんな鳴き方をする鳥に由来する」ってのは、何も考えなくていいから楽ですよね(笑)。脚注でも、次のようなネタを披露しています。

“先生にうかがいますが,サッポロの語源はなんですか?” “アア,それですか? それは,むかし神様が鳥になってこの地の上空をサッポロ!サッポロ!と鳴きながら飛んだので,そういう名がついたのです。トカチのアイヌの老人も,キタミのビホロの老人も,ハルトリの‘アイヌの古老’も,そう云ったのだからぜったいまちがいはありません!”
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センター 脚注より引用)
もちろん知里先生一流のジョークなので、真に受けてはいけません。

ソー掘り下げてばかりいてもしかたがない

知里先生はユーモアの精神も忘れてはいません(笑)。

これらの例において,永田氏は「滝」の意味の so を,いっさいがっさい長く伸ばして「ソー」にしてしまっている。しかし,語中や語尾に来た so は,ソー長く発音してはいけないのである。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
「ソー長く発音してはいけない」のだそうです。ソーですか。ソーか……。

アイヌ語の地名だとて,鼻の下と同じく,むやみに伸ばすのは見よいものではない。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
ひとこと多くて舌禍を招くタイプでいらっしゃったのかも知れません(笑)。

それなのに,永田氏はいつも,
(中略)
というぐあいに,シをすべてシュに書いてしまうのである。シュで書こうがインキで書こうが,たいしたちがいはあるまい,などといってすましているわけにはいかない。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
「シュ」は「朱」のことですね。朱に交われば赤くなるので要注意です(?)。

このアイヌ語の地名は,eha(ヤブマメ)と ta(掘る)と nup(野)との 3 語から成り立っているのだが,永田氏はその中のただの一語も意味を正しく掘り下げることができなかったのである。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
あはははは……。もはや笑いも力無いものになってきました……(笑)。

本当に返り血を浴びるような本

てな感じで、「北海道蝦夷語地名解」を斬り倒した知里先生。最後は次のように総括します。

とすれば,これは「蝦夷語地名」解でもなく,蝦夷語「地名解」でもない。幽霊蝦夷語致命解とでも称すべきか。今に至ってこれを見れば,“一語いやしくもせざる”どころの話ではなく,マンシンソオイ(満身創痍),“本当に血の出るような本である!”。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
血の出るような本……返り血ですよね。:-)

文献批判は大切ですよね

もっとも、次のように「文献批判」の重要性を説く(と思うんですけど)、正鵠を射た指摘も含まれています。だから、決して知里真志保先生はアナーキストなわけでは無いと思います。

しかし,今のわたくしどもの目から見れば,ずいぶん多くの欠陥が目につく。それらの欠陥の中には,地名解としてまさにチメイ的な欠陥も多いのである。そういう欠陥のある所を充分にわきまえている人には,この本は依然としてメイ著──立派な本という意味の名著として,今なお参照の価値をもつだろう。しかしながら,そういうチメイ的な多くの欠陥のあることを知らずして,この本の説くことだからと一も二もなくそれを信用して鵜呑みにするならば,この本は俄然,人を迷わせる本という意味のメイ著──迷著に堕してしまうにちがいない。
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センターより引用)
まぁ、ここまで攻撃的になる必要があったかは、今となっては何とも言えません。学者としての知里真志保というだけではなく、アイヌとしての知里真志保の自意識も強く作用していたと考えるべきなんでしょうね……。

わりと感じのいい,たのしい本である!

「まえがき」も、本文に負けず劣らず相当ふるっています。本文が直球勝負なら、こっちは「消える魔球」くらいのインパクトはありますね。

この本をあむにあたり,楡書房の入江好之君や永田栄君にずいぶんとお世話になった。おかげで,わりと感じのいい,たのしい本になったと思っている。(1956.4.1 著者)
(知里真志保「アイヌ語入門」北海道出版企画センター まえがきより引用)
あはは(笑)。確かに「たのしい本」です。この「まえがき」のどこまでがネタでどこからがジョークなのか、今ひとつ釈然としませんけど(笑)。

あ、知里先生には含むところは何もありませんし、むしろ敬愛していますので念のため。また北海道行きたいです。

(本文敬称略)

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