2009年5月15日金曜日

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第7回「シンメトリーになりきれない疑似シンメトリー」

 


本日もコピペ中心でお送りします

うむ。今日は近年まれに見る手抜き記事になりそうです(←

シンメトリーになりきれない疑似シンメトリー

ちょっと早めに松本市内に入ったので、時間潰し……と言ったら元も子もありませんが、まぁ市内をうろうろしていて、偶然辿り着いたのが、かの「旧開智学校」でした。

旧開智学校(きゅうかいちがっこう)は、長野県松本市にあった旧制小学校で、日本で最も古い小学校のひとつ。
(Wikipedia 日本語版「旧開智学校」より引用)

さて。正面から見てみましょう。


森谷帝二も喜ぶシンメトリー……と思いきや、よーく見ると明らかにシンメトリーではありません。

建築
旧開智学校は明治時代の代表的な擬洋風建築で、校舎は白を基調としており、中央に塔があり、その下に彫刻がある。地元出身で東京で西洋建築を学んだ大工棟梁の立石清重により作られた。 現存する部分は移築されたもので、当時は西側に同じく 2 階建ての教室棟が存在した。現存する校舎とつながっていたが、移設の際取り壊された。 資料館として修復される際に塔を中心に左右対称であるかのように復元されたが、その名残もあり実は左右対称にはなっていない(窓の数を数えると明白である)。
(Wikipedia 日本語版「旧開智学校」より引用)

色々と、大人の事情があったんですねぇ……。

洋風建築になりきれない擬洋風建築

少し近寄ってもう一枚。


八角形の塔がどことなく安土城を思わせますね……。基本的には洋風の作りですが、なんか洋風になりきれてない、不思議な和洋折衷感が漂います。ところで、引用部にある「擬洋風建築」とはどんなものでしょうか。

概要
幕末の開港以降、外国人居留地には彼等が本国の建築様式を持ち込んだ建造物が続々と建てられた。やがて居留地の建築に刺激を受けた大工の棟梁が、見よう見まねで洋風デザインの要素を取り入れた建物を築くようになった。これが擬洋風建築で、文明開化の象徴ともされた。
(Wikipedia 日本語版「擬洋風建築」より引用)

なるほど。見よう見まねだったんですね。散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。欧米か!

現存する擬洋風建築の中でも有名なものは開智学校(松本市)である。左右対称の外観で中央に塔屋を造り、正面入口の上には、竜や天使の彫刻が舞っているという、何とも不思議なデザインである。これを建てた地元の棟梁・立石清重は、東京や横浜に出かけて洋風建築を見て学び、自分なりに消化して奔放な造形を行った。
(Wikipedia 日本語版「擬洋風建築」より引用)

そうそう、「正面入口の上には、竜や天使の彫刻が舞っているという、何とも不思議なデザインである」というのは、まさに的確な指摘です。あとはブッダが居れば完璧だったのですが、さすがにそこまでの勇気は無かったのでしょうか。

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