2009年9月22日火曜日

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サンフランシスコ 2009/夏 #16 「サンフランシスコの PCC カー」

 


Muni Metro F Line

Muni ことサンフランシスコ市営鉄道は、市内電車の Muni Metro と市内バスの Muni Bus、そしてご存じケーブルカーを走らせている公共交通機関で、サンフランシスコ市営交通局によって運営されています。

で、面白いのが Muni Metro で、基本的には地下鉄なのですが、F Line と呼ばれる路線のみ路面電車が走っています。しかも、使用されている車輌がなかなかふるっていて、


こんなのだったり、


こんなのだったりします。

字が潰れていて読めないと思いますが、最初の江ノ電っぽい色合いの電車には The Louisville Railway Company と書いてありますし、どう見ても京都市電(←)なカラーリングの電車には、Birmingham Electric と書いてあります。これらは PCC カーと呼ばれるものですね。かつては都内でも走っていた筈です。

PCC カー

というわけで、PCC カーについて Wikipedia さんに伺います。

PCC とは、アメリカ合衆国にあった「Presidents' Conference Committee」の略で、この委員会は、各地の路面電車運営会社が集まって 1929 年に結成された。
(Wikipedia 日本語版「PCC カー」より引用)

なるほど。随分と歴史のある組織なんですね。

この委員会は「The Electric Railway Presidents' Conference Committee(ERPCC)」とも呼ばれ、当時台頭してきつつあったバスや自家用車に対抗できる新しいタイプの路面電車を開発することが使命だった。そして、高性能な路面電車を開発することに成功した。この車両は、独特な流線型の車体とスムーズな加速性能を持ち、その後何十年にも渡って使われた。
(Wikipedia 日本語版「PCC カー」より引用)

ふむふむ。1930 年代頃だったでしょうかね、鉄道車輌に「流線型ブーム」というものがありました。実のところ、200 km/h 以上で走行する新幹線クラスの車輌ならいざ知らず、100 km/h 程度で走行する車輌にあっては、車体の前面形状を流線型にしたところで殆どメリットは無かったんですが、どこもこぞって車体の前面形状を流線型にした、という時代がありました。PCC カーの前面形状が無駄にスタイリッシュなのも、この辺の時代背景があったのかも知れません。

PCC カーは丈夫で長持ちしたが、現在では大部分の車両が廃車となり、一部は各地の博物館や保存鉄道で保存されている。わずかな両数ではあるが、現在でも走っているものがある。代表的なものとして、サンフランシスコの中心街・マーケットストリートから港湾地区を通り、観光地フィッシャーマンズワーフまで走る「F-Line」がある。
(Wikipedia 日本語版「PCC カー」より引用)

はい。そういうことですね。古くさい PCC カーが未だに現役なのは、もちろんお金がないからではなく、保存鉄道のような位置づけで走らせているから、ということですね。日本でも広島電鉄が似たようなことをしていたかと思いますが……。

もともとこの区間を走る路面電車が存在し、一旦地下に全面移転になったものの線路や架線(トロリーバスを運行しているため、継続利用されていた。)が残されていた。これを利用したフェスティバル等での特別運行が時折実施されていたが、フィラデルフィア市 SEPTA (セプタ)から中古 PCC カーを大量に導入し(その後ニュージャージーからも追加導入している)、アメリカ各地の廃止になった路面電車のカラーリングに装って、通常運行が復活した。
(Wikipedia 日本語版「PCC カー」より引用)

なるほど。そう、F Line が走る Market St. の地下にも Muni Metro が走っているのですが、こんな歴史があったのですね……。

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