2009年10月29日木曜日

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特別寄稿 「Web 3.0(仮称)への道」

 


Web 2.0 とは何だったか

かつて、Web 2.0 という考え方がありました。いや、今も「ある」と言えば「ある」んですが……。

Web 2.0 について、Wikipedia では次のようにまとめられています。

ティム・オライリーによって提唱された概念。狭義には、旧来は情報の送り手と受け手が固定され送り手から受け手への一方的な流れであった状態が、送り手と受け手が流動化し誰でもがウェブを通して情報を発信できるように変化した web の利用状態のこと
(Wikipedia 日本語版「Web 2.0」より引用)

「Web 2.0」があるということは、「Web 1.0」もあった、ということになります。「Web 2.0」の定義(ティム・オライリーによる定義は極めて曖昧なものですが)に満たないものが「Web 1.0」に当てはまると考えると、自ずと「Web 1.0」の姿かたちが見えてきます。

Web 0.9

http は、そもそもが Hypertext Transfer Protocol という意味で、和訳すると「ハイパーテキスト転送手順」といった風になります。今や http は様々なプロトコルのベースとなる、もはや「メタプロトコル」とでも言えそうな様相すら呈していますが、もともとは「テキスト転送手順」でしか無かったわけで、代わりにファイル転送用に ftp が、ユーザー情報のやりとりに finger が、ファイル検索には gopher がといった感じで、目的に応じたサービスであったりプロトコルが用意されていました。

Web 1.0

ところが、http クライアント(Web ブラウザ)から GET メソッドや POST メソッドを使って、Web サーバ側にデータを送ることができるようになってから、より正確にはサーバ側で GET や POST のデータを受け取って処理をすることができる CGI という考え方が世に出てきてから、http が俄然応用範囲を広げ始めます。

もともと CUI が主体だったインターネット上のサービスにあって、http は当初から GUI が基本だった(そこlynx は?とか言わない)こともあり、更に CGI 経由による双方向性を獲得した http は、一躍インターネットでの最もメジャーなプロトコル、という位置づけに躍り出ます。Yahoo ! や Google は、この時代に生を受けたことになります。

Web 1.1

日本における「インターネット創生期」は、個人的には 1994 年頃からかと思うのですが、一般的には Windows 95 がリリースされた後あたりからとするのが適切でしょうか。即ち 1996 年あたりから、となるかと思います。ただ、当時の「インターネット ユーザー」の大多数は「Web を見る人」であって、自分の Web サイトで情報を発信する人はマイノリティでした。当時は ftp のアスキーモードとバイナリモードの違いがわからないと、情報発信ができなかったわけです。

しかしながら、ほどなく学校や職場へのインターネットの導入が進み、また「テレホーダイ」や「フレッツ ISDN」といった定額通信の考え方が普及したことにより、「インターネット ユーザー」の数は飛躍的に増大します。そしてほぼ時を同じくして「あめぞう」や「2 ちゃんねる」といった「巨大掲示板」がインターネット ユーザーの間で市民権を得ることで、誰もがインターネットに「情報発信」できる時代がやってきます。オライリーの云う「Web 2.0」の萌芽のようなものです。

Web 2.0

前述の通り、「Web 2.0」の定義は極めて曖昧なものですが、世間一般には「ユーザー参加型の Web サイト」という見方をする場合が多かったかと思います(たとえば通販サイトにて商品の感想を書き入れる、といったものです)。このアプローチが意味を成すようになった背景は、「インターネット ユーザー」という母集団が、もはやマイノリティでは無くなったということがあげられます。geeknerd のためのインターネットは過去のものになったわけです。

Web 2.0 的な世界を「集団的知性の発現」と見ることができるか否かは、議論の余地があるように見受けられます。確かに「クチコミ」による販売促進というスタイルは、Web 2.0 以前はそれほど多くは見られませんでした。

「集団心理」による購買活動という話であれば、オイルショック時の「トイレットペーパー騒動」のような例も枚挙に暇がありませんが、ほぼ全てのケースで、何らかのメディア(マスメディア)の影響下で起こったものと言えるかと思います。つまり、Web 2.0 的な「クチコミ」をベースとしたものとは基本構造が異なる、と言えるかも知れません。

Web 2.0 =『バザール』説

さらに話を飛躍させると、「Web 2.0 的なマーケティング」は「既存マスメディアからの解放」という側面を持ちますが、裏を返せば「『インターネットというバザールにおいて醸し出されたマーケティング」でしかない、とも言えます。ここで云う「バザール」は、もちろん NEC は関係無く(←)、Eric S. Raymond の云う「バザール」のことです。

仮に、「Web 2.0 の正体」が今、記したようなものなのであれば、「Web 3.0」が目指すものも自ずと見えてくるような気がします。Web 3.0 は「バザール無き『集団的知性』」とでも呼べるものになるのではないか、といった予感がします。

Web 3.0(仮称)への道

現時点でのテクノロジで、この「Web 3.0(仮称)」に指向が似通っているものを挙げてみるならば、やはり twitter になるのではないか、と思ったりもします。即ち、「場」の持つバイアスを極限まで排し、リアルタイムで自らの思考を「つぶやく」ことから何かを生み出せるのではないか、という「幻想」です。但し、twitter のようなものでも、Blog の世界で云う「アルファブロガー」的な存在は、むしろ悪影響を及ぼしかねません。自然発生的なコミュニティに強い影響を与える存在は、副作用が心配になります。

「人」と「人」との地理的な制約を取り払い、巨大な擬似的ニューラルネットワークを形成することへの第一歩が、「Web 3.0 的な何か」だと思うのですが、いかがでしょうか。

昔の名前で出ています

ちなみに、本日で当 Blog も三周年ですが、名前は当分 Weblog 2.0 のままです。

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