2009年11月12日木曜日

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No. 59 「パソコンの父にしてリサの母(←」

 


渾身のジョークが不発に終わって残念さんな Bojan さんですこんばんは。

パソコンの父にしてリサの母(←

じゃ、昨日のお約束と言うことで、アラン・ケイさんについて。

アラン・ケイAlan Kay, 1940 年 5 月 17 日 - )はアメリカ合衆国の計算機科学者、教育者、ジャズ演奏家。通称「パソコンの父」。主にオブジェクト指向プログラミングとユーザインタフェース設計に関する初期の功績で知られている。
(Wikipedia 日本語版「アラン・ケイ」より引用)

ということです、ハイ。

まだ大型のメインフレームしか存在しなかった時代に、個人の活動を支援する「パーソナルコンピュータ」という概念を提唱した。つまり 1960 年代当時、高価で大きく、複数人で“共有”するのが当たり前だったコンピュータに“個人向け”という利用状況を想定し、それに相応しいコンピュータ環境がどうあるべきかを考えた人。自らがそう名付けた「ダイナブック構想」の提唱者。「コンピュータ・リテラシー」という言葉も彼が造った。
(Wikipedia 日本語版「アラン・ケイ」より引用)

てなわけで、言わば「パソコン」という *考え方* の生みの親、とも言える人……だと思うんですが。えーと、大枠は合ってますよね?(誰に聞いている

1970 年、ケイはゼロックス社のパロアルト研究所の設立に参加した。パロアルト研究所には 1970 年代を通じて在籍し、「ダイナブック」を当時利用可能な技術で具現化した、暫定的ハードウエアである「Alto」と、エンドユーザーが自在にプログラミング可能でそれを全方面からサポートする機能を有する暫定的環境「Smalltalk」の開発において指導的立場をとった。この Smalltalk 環境の動作する Alto (暫定 Dynabook)を見学する機会を得たスティーブ・ジョブズが、そのアイデアを大いに取り入れて Lisa、続く Macintosh を開発した、というのは有名な話である。
(Wikipedia 日本語版「アラン・ケイ」より引用)

ということは、Lisa はジョブスとアラン・ケイの間に生まれt(ry

……えーと、つまりですね。Windows が世に出た頃、「あれは Macintosh をマネしただけだ」なんて声もあったわけですが、ベースとなるアイディアはそれ以前にパロアルトにて産声を上げていた、というわけです。

もちろん Macintosh の革新性を貶める意図は更々無いので、その点はご理解くださいね。

痛みの単位はハナゲ

ちなみに、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)と言えばマウスが付き物ですが、意外なことにマウスの発明はキューバ危機よりも昔だったのだとか。マウスの発明者は、かのダグラス・エンゲルバートだとされます。

というわけで、マウスに関するトリビアをひとつ。

マウスの感度を示す単位はミッキーであり、1 ミッキーは 1/100 インチマウスを動かすことを意味する。
(Wikipedia 日本語版「マウス (コンピュータ)」より引用)

痛みの単位は「ハナゲ」だそうですが、それに匹敵するインパクトがありそうですね。


そんなことに思いを馳せつつ(ウソです)、パロアルト研究所の近所を散策していたのでした。

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