2010年1月13日水曜日

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の・の・で・で・で!

 


橋余分は水を悩ました(←

例えば、"Stand by Me" だったら Ben E. King とか、"Bridge over Troubled Water" だったら S & G とか(間違えても P & G では無いです)、さまざまなミュージシャンにカバーされるけれども、「オリジナルはこの人(たち)」と認識されている楽曲があります。

一方、"My Way" と言えば Frank Sinatra ……のような気がしたり、「のっぽのサリー」が The Beatles のような気がしたり……することもあるかも知れませんが、どっちも彼らのオリジナルでは無かったりします。

"My Way" は Paul Anka、「のっぽのサリー」は Little Richard、です。あ、「橋余分は水を悩ました」については http://www.bojan.net/2008/08/02.html をどうぞ。

べさーめぇ……べさめむぅー……ちょぉ……

まぁ、このあたりは一般教養として記憶しておくこともできない相談ではないのですが、例えば(以前にも話題にしましたが)"Bésame mucho" なんかは、オリジナルは Consuelo Velázquez なのですが、大半の方は「それ、誰?」と思うことでしょう。

どうでもいい話なのですが、Wikipedia の記述があまりに混沌としているので、ちょいと引用をば。

コンスエロベラスケスConsuelo Velázquez,1924年8月29日 - 2005年1月22日)はメキシコの女性作曲家・ピアニスト。17歳の時に世界的な大ヒット作品となる『ベサメ・ムーチョ』(w:Bésame mucho)を作曲した。他の作品に「カチート」など。
(Wikipedia 日本語版「コンスエロ・ベラスケス」より引用)

うん、亡くなったのはちょうど 5 年ほど前ですね。しかも前回ベラスケスの話題を書いたのが 2008/1/11 ですから、微妙に日付がかぶっているようでかぶっていないという所も……どうでもいいですね、はい。

"Bésame mucho" は 1940 年の作品だと言いますから、どう考えても「17 歳の時」ではあり得ないのですが、その辺の矛盾は後にもっと吹っ飛ぶのでノープロブレムです。

の・の・で・で・で(……。)

橋余分が水を悩ました(←)のと同じく、ベラスケスの生年にまつわる謎は更に混迷の度合を深めます。

日本では1920年8月21日生まれで84歳で亡くなったという報道がなされているが
(Wikipedia 日本語版「コンスエロ・ベラスケス」より引用)

その割には、Wikipedia の本文は 1924/8/29 生まれのままだったりするのはどーして? という疑問も出てきたり、"Bésame mucho" を作詞・作曲したのはホントは何歳の時だったの? なんて話にもなったりするのですが、

1916年のハリースコ西メキシコの州でシウダードグスマン市で生まれで、亡くなった時は88歳だったと息子のセルジオ・リベラが証言している。
(Wikipedia 日本語版「コンスエロ・ベラスケス」より引用)

おぉーい。どないやねーん!

しかも、「1916年のハリースコ西メキシコの州でシウダードグスマン市で生まれで、」って、完全に日本語として破綻しているような気が……。「の・の・で・で・で」って、さすがの私もそこまでの悪文は書かないです。いや、書いてないつもり、ですけど……(弱気)。

てなわけで

本題(え?)は明日以降にでも。

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