2010年3月2日火曜日

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いつの間にか別の国から出てました

 


ポケットの中には代表枠がひとつ♪

オリンピックのアルペンスキー競技は、ひとつの国で最大 4 人しか出場できない、という縛りがあった……かと思います、確か。そんな訳なので、かつては「チェコスロバキア」で 4 人までだったのが、今では「チェコ」で 4 人まで、そして「スロバキア」でも 4 人まで(男子回転には 1 人のみでしたが)出場できてしまうことになります。

この恩恵をモロに受けたのが旧ユーゴスラビアの諸国で、合計 11 人も出場したのでした。反対に、この辺のやり方をいつも憤懣やるかたなく見ているのが、アルペンスキー大国・オーストリーでした。「入賞するより出場枠を確保する方が難しい」とまで言われる有様なので、ギリギリ 4 枠から外れて涙を呑むものもいれば、祖国に見切りをつけて他国に「移籍」しちゃう選手も後を絶ちません。

砂漠の中のスキー連盟

例えば、今回はブルガリアから出場した Kilian ALBRECHT (AUT) なんかがそうでした。彼は一時期ドバイへの移籍を試みるも、「雪が降れへん国にスキー連盟はあれへんやろぉー」という厳しいツッコミにあえなく断念して、オーストリー国籍のまま、ナショナルチームからは外されて自費で参戦する羽目になったりとか、かなり痛い目にあっていました。今回ちゃんとブルガリアから出場できたことは、とてもラッキーだったと思います。

「脱墺者」のその後

反対に、ちょっと残念だったケースが Joseph STROBL (AUT) でしょうか。「ペピ」はユーゴからどさくさ紛れに独立したスロベニアチームに移籍したものの、高速系のチームはオーストリーとは比べものにならないくらい弱かったこともあり、殆どリザルトを残すことなく引退に追いやられてしまいました。まぁ、あのままオーストリーにいたところで、Walchhofer や Kroell あたりに枠を奪われていたでしょうから、「脱墺」という選択肢は間違ってはいなかったのでしょうけれど。

「脱瑞者」もいました

「脱墺」ならぬ「脱瑞」でオリンピックに滑り込んだのは、モルドバから出場した Urs IMBODEN (SUI) もそうですね。彼は 2000 年前後に活躍していたと記憶しているのですが、ちょうどその頃のスイスチームには Didier PLASCHY (SUI) という選手もいました(笑)。キレた時は素晴らしく速いけれども、それが滅多に二本は続かないという、愛すべきハイリスク・ハイリターン型のレーサーでしたね。

ようやく初勝利を掴んだかと思えば、いきなり「家業を継ぐ」とか(あるいは「大学に行く」とか)、なんか良くわからない理由であっさりと引退したり、かと思えば数年後にこっそりと FIS Race にエントリーしてきたりとか、あらゆる意味で常人の理解を超えた選手だったような気がします。って、いつの間にかプラッシーの話になっちゃってますね(笑)。

インボーデンも、そんなプラッシー引退のドタバタとほぼ時期を同じくしてグングンと成績を下げ、気がついたらスイスチームから消えていた……という印象があります。で、いつの間にかこっそりとモルドバチームから復活していたわけで、このあたりの変幻自在ぶりは、先輩のプラッシーから見習うところが多かったのかも知れません。まぁ、はっきり言えば余計なコトですけど(←

ルクセンブルグのあの人

そういえば、超大物の「脱墺者」を忘れていました。かの Mark GIRARDELLI (LUX) も、生まれはオーストリーなんですよね。いやー、どうしても「ジラルデリ」=「ルクセンブルグ」、いや、「ルクセンブルグ」=「ジラルデリ」という印象が強いもので、つい「(LUX)」と書いてしまいます。彼の場合は、親父さんのヘルムートがオーストリーのスキー連盟と反りが合わず、あっさりと「脱墺」してしまった、と記憶しています。結果としては「大成功」だったと思うわけですが……。

クロアチアの星一家

親子でアルペンスキー」と言えば、ジラルデリに限らず、コステリッチ兄妹なんかもそうですよね。コステリッチ一家は幸か不幸か、ユーゴスラビアが解体された後の世代なので、そのままクロアチア代表で一世を風靡することができていますが、もし、ユーゴスラビアが解体されることが無かったならば、スキー連盟と一悶着あったんじゃないかな……なんて想像もできてしまいます。

いつの間にか別の国から出てました

「いつの間にか別の国から出てました」シリーズとしては、あとは Stanley HAYER (CAN) とか Markus EBERLE (GER) とかでしょうか。ヘイヤーは忘れられた頃にチェコチームから出てきましたし、エベルレはもともとはオーストリーチームの選手でした。エベルレは両親がオーストリー人とドイツ人だったようで、他のケースとは一線を画するわけですが……。

しかもいつの間にか出戻ってました(←

それよりも Stanley HAYER (CAN) ですよ。チェコチームから出ていたよな……と思って調べてみると、今回のオリンピックでは、ちゃっかりとカナダチームから出ているではありませんか(笑)。36 歳になった彼はアルペンの第一線で活躍するのをあきらめて、こっそりとスキークロスに出ていたようです。幸多きスキー人生、というヤツですね。

彼のプロフィールによると、英語の他にもチェコ語も話せるとのことなので、もともとチェコにも縁があったみたいですね。「我が祖国」が二つあるような感じかもしれません。

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