2010年3月22日月曜日

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アウグスト・ピノチェトとスティング

 


「世界報道自由ランキング」アメリカ編(つづき)

国境なき記者団」による「世界報道自由ランキング」のアメリカ編を続けます。


ウルグアイチリアルゼンチンパラグアイといった、南米の中でも比較的南の国が総じて評価が高いですね。チリはアウグスト・ピノチェト独裁の印象が強かったのですが、それももはや昔の話になりつつあるのでしょうか。

ちなみに 11 月生まれです

その、アウグスト・ピノチェトについて。

評価
現在、ピノチェトに対しては、「軍事独裁政権を敷いた冷酷な独裁者」と云う見方が大勢を占める。だが、一方では「アジェンデと並ぶアメリカ合衆国の犠牲者」と言う同情的な見方もある。ピノチェト失脚後、アメリカ合衆国とチリとの関係は悪化しており、チリ国内外には、「アメリカ合衆国がチリをダメにした」「ピノチェトはアメリカ合衆国の捨て駒であり、被害者だった」と、かつてピノチェト政権を影ながら支持したアメリカ合衆国歴代政権の責任を問う声も多く出ている。
又、ピノチェトの孫の演説に象徴されるように、現在でも反共主義・新自由主義・アメリカニズムを支持する者や、ピノチェト個人の崇拝者などから根強い支持を受けている。そのため、チリの現在の国内世論は三極に分かれており、親ピノチェト派が3割、左派など反ピノチェト派が3割、どちらにも属さない中間派が4割となっている。
(Wikipedia 日本語版「アウグスト・ピノチェト」より引用)

タイのタクシンしかり、ペルーのフジモリしかり、もしかしたらこれらの人々と同列に見るのは間違いかもしれませんが、ピノチェトの評価も分かれているみたいですね。

ピノチェトと音楽(←

ちなみに、こんなエピソードも。

1988年、イギリスのミュージシャンであるスティングは、ソロ第2作『ナッシング・ライク・ザ・サン』にピノチェトの虐殺を告発する曲を収録した。この「孤独なダンス」は、拉致殺害された男達の残された家族が抗議の意味で一人でダンスを踊ることを歌った曲で、歌詞中に「ピノチェト」の名前を入れて告発している。
(Wikipedia 日本語版「アウグスト・ピノチェト」より引用)

へぇぇ、そんなメッセージが込められていたのですね。ちなみに "When We Dance" ではなくて "They Dance Alone" のほうです。あわてて軽く流して聴いてみたんですが、どの辺か聞き取れませんでした(←

スティングは、ピノチェトの誕生日に「孤独なダンス」を録音したテープを贈った所、返されて来たと語っていた。
(Wikipedia 日本語版「アウグスト・ピノチェト」より引用)

これは……、いくつかの可能性が考えられますね。
(1) 家にカセットデッキが無かった
(2) ピノチェトは英語が苦手だった
(3) 期日内に返さないと延滞金が発生すると思った

さて……どれでしょう?(←←

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