2010年3月27日土曜日

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「黙りなさい」

 


雨後の筍?

えーと、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領について。

まず、チャベスについて論じる?前に、基本的な情報をおさらいしておきましょう。

人物
ベネズエラ内陸部のバリナス州サバネタで教師をしていた両親の間に生まれた。両親がそれぞれムラートとメスティーソのため、先住民インディオ、アフリカ、旧宗主国スペインの血を引いている。敬虔なカトリック信者で、尊敬する政治家はラテンアメリカ独立の英雄シモン・ボリーバルと、キューバの前国家元首フィデル・カストロである。
(Wikipedia 日本語版「ウゴ・チャベス」より引用)

真ん中奥のカメラ目線のおじさんに注目です

ちなみに、こんな顔です。

(Wikimedia Commons より借用。このファイルの著作権者である Agencia Brasil は、このファイルを以下のライセンスで提供しています。:
クリエイティブ・コモンズ表示 2.5 ブラジル

どれがチャベスかと言うと、真ん中奥の方でカメラ目線の人……なわけは無く(←)、一番手前のおじさんです。なるほど、どことなくインディオ風にも見えますね。

「黙りなさい」

で、そのチャベスの政治姿勢はと言えば、言わずと知れた露骨な「反米路線」で有名です。その舌鋒は激越で、スペインのファン・カルロス国王に「黙りなさい」と一喝されたのも有名かと思います。

ヤバいこともマトモなことも

ファン・カルロス国王に一喝されるような「粗野な男」が、果たしてどんな政治を行っているのかと言えば……

大統領就任後、チャベス政権はボリーバル憲法と呼ばれる新憲法を制定し、国名をベネズエラ共和国からベネズエラ・ボリバル共和国に変更、大統領権限の強化、一院制への移行などを行った。貧困層のための無料診療制度をととのえ、キューバから2万人の医師・歯科医師の派遣を受けたり、農場主の土地を収用して農民に分配するなどの農地改革や、為替管理や統制価格の導入、石油公団 (PDVSA) への統制強化など、反米・社会主義路線を明確にした。これをチャベスはシモン・ボリーバルにちなんで「ボリーバル革命」と呼んでいる。
(Wikipedia 日本語版「ウゴ・チャベス」より引用)

とまぁ、意外や意外、それなりにマトモなこと *も* しています。いや、国名の変更とか大統領権限の強化とか一院制への移行とか、ぱっと見ヤバそーなこともさらりとやってのけている訳ですが、これがチャベスのチャベスたる所以で。

クーデターを企てる

チャベスは、大統領になる前は(なる前から?)色々とやらかしていたと言います。たとえば

1989年2月27日にカラカスで発生した貧困層の蜂起(カラカス暴動)に陸軍が出動し、蜂起した人々に発砲して多数の死傷者を出したことに衝撃をうけ、チャベス中佐は1992年2月にクーデターを試みたが失敗し投獄された。
(Wikipedia 日本語版「ウゴ・チャベス」より引用)

といった感じでクーデターを企てた(もう少し語呂が良ければ韻を踏んでラップにできるのに)こともあったのだとか。ただ、ポイントはその次の文で

降伏の際に行ったテレビでの会見は多くの国民に強い印象を与えた。
(Wikipedia 日本語版「ウゴ・チャベス」より引用)

という風に、こんな頃からメディア映りを気にしていたようです。結果として、こういったテクニックが昇華して大統領の座に上り詰めることになります。

というわけで

つづくの?

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